第9回若手医師セミナー2014 田村和夫先生 フロアからの質問
2014年1月10日(金)ベルサール神田
1.勤務医13年目
抗腫瘍薬治療による宿主への免疫への影響、具体的には発症する感染症への影響についての質問です。
好中球減少や免疫細胞表面抗原をターゲットとした薬剤についてはある程度体系的に把握できますが、その他の分子標的薬についてはどのように考えればよいでしょうか?
答え)
分子標的治療薬といっても、一つの分子の異常や過剰発現をターゲットしているのはまれで、CMLに使用されるimatinibを除くと、他の多くの薬剤は多標的で正常組織にも種々の副作用がでます。Gefitinibのように致死的な間質肺炎を起こすこともあります。また、従来の抗がん薬に上乗せする形で開発、実臨床では併用して使われることが多いのが現状です。従って、殺細胞性の抗がん薬の副作用が前面に出ます。
・好中球減少をきたす薬剤もあります。Imatinib、sunitinibが代表的なものですが、発熱性好中球減少症をきたすような重篤なものはまれです。中止、減量により調節できます。
・rituximabは、正常、異常の成熟したB細胞の膜表面に表出しているCD20に対する抗体薬です。本薬剤を投与しますと、B細胞は減少し血清免疫グロブリン値もかなり下がります。面白いことに液性免疫不全に特徴的な肺炎球菌性の肺炎が増加する報告はまれで、むしろPneumocystosisが増加することが報告されています(Katsuya et al. Leuk & Lymphoma 50:1818, 2009)。
・Rheumatoid arthritisやCrohn’s で使用されるinfliximabなどは免疫抑制を惹起します。結核やPnemocystosisが増加することが言われています。
最近発売になっているがんに対する薬剤の70%が分子標的治療薬です。いろんなバラエティーに富んだ有害事象が報告されていますので、十分studyした上でお使いください。Multi-targetであるがゆえに、免疫にも関与する分子に影響を与えます。我々がん薬物療法専門医も新薬を使うときは、cancer boardなどを通して情報を共有する努力をしています。
2.勤務医5年目
高齢の癌患者さんを診る機会が多いのですが、年齢での治療の可否はどのように考えればよろしいでしょうか?(90歳代でPS2の方とか)
あと、認知症など精神疾患をもつ患者さんへの治療について、どう思われるか教えていただけると幸甚です。
答え)
がん治療には、手術、放射線、薬物療法の3種類があり、それぞれ根治的なものから緩和的なものまであります。
私の立場ははっきりしていて、医師をはじめとする医療者や家族あるいは直接世話をされている方たちが決定することではなく、本人が決定すべきことである、ということです。これは、感染症を含む他の領域でも同じだと思います。
90歳代の包括的機能評価で大きな問題なく、自律している意欲的な患者さんであれば、胃がんの根治的な手術もできるし、実際実施された例も経験しています。一方、前立腺がんの比較的早期な段階でみつかった90歳の方でしたら、前立腺がんで亡くなるよりも他疾患で亡くなる可能性が高いので、根治的な手術や放射線照射を避けホルモン剤で経過をみる選択をします。
認知症や精神疾患も程度次第です。ある程度理解があるのであれば、家族を交えICをとって、治癒が得られるなら治癒的な治療をするでしょうし、治癒が得られる腫瘍であっても、患者の協力がまったく得られない状況であれば、抗がん薬で血球減少や粘膜障害が強く出る薬剤を避け、治癒ではなく腫瘍をこれ以上大きくしないようにコントロールする選択をします。
治らない段階の腫瘍は、緩和的な抗がん薬の使用あるいは支持療法に徹します。
質問者の悩みは我々の悩みでもありますが、基本的なことはここに述べた通りです。
3.勤務医6年目
“医者に殺されない・・・”というベストセラー本を読んで、“がんもどき理論”、“がんは治療しない方がよい”と信じている患者さんが最近増えているように思います。
先生はこのような患者さんにどのように説明されているか、伺えましたら幸いです。
答え)
現在のエビデンスを示して、医学的な見地から治療のベストなものを提示し、治療をするかどうかを選択してもらいます。了解を得られれば治療をします。すなわち、ICが一番重要です。了解が得られなければそれは仕方がありません。次の情報を参考にしてください。
以前、医師、学生、看護師、薬剤師、技師、秘書、事務員、製薬会社のMRにアンケート調査をしたことがあります。 stage?B、?期の非小細胞肺がん(治癒は望めない、化学療法をすると3-6か月延命が可能)になったときに、治療関連死が起こるかもしれないほどの強い化学療法をする際、どのぐらい延命があれば受けますか?
1〜2週間、3ヵ月、半年、1年、それ以上
質問者の方を含め、みなさんはいかがですか?
アンケートの結果は広くばらけています。
お子さんをもった秘書のなかには、1〜2週間でも延命があれば子供と1日でも一緒に過ごしたいので受けると言う人がいる一方で、1年以上でも受けないという技師、看護師や医師がいます。なぜ医療者に受けたくない人が多いか、理由はいろいろあると思いますが、学生や事務員、MRなどは大変前向きで、むしろ医療者が後ろ向きということが分かります。その際、後ろ向きのDrがICをとるのと、前向きの方がとるのでは、患者・家族の受け取り方はかなり違うでしょうね。
4. 勤務医8年目
進行がんで生命予後の短い患者さんを診るとき、併存疾患の治療をどこまで真面目に(という表現が適切かどうかわかりませんが)やるか悩むことがあります。高血圧や糖尿病については緊急事態が起きなければいいや、でも経過中に発症した心房細動はどうしようか・・・など、先生の基本的なスタンスがあればお教え頂けないでしょうか?
答え) この質問も良く受けますし、我々も悩むところです。しかし、答えは
2.3と一緒です。我々が決定することではなく、状況を説明し、理解をいただく努力をした上で決定します。
進行がんでも予後は最近ずいぶんよくなってきています。いまは進行がんも慢性の疾患ととらえるべきで、患者さんの意向でしょう。
ただ、進行膵癌のように予後が極めて悪い場合、糖尿病の合併も多い。血糖のコントロールのために1日4回血糖をチェックして、スライディングスケールでインスリンを投与するかと言うと、ある程度インスリンの量を決めて、fixed dose でインスリンを打つようなことは結構やっています。しかし、患者さんがやりたいというのをやめる理由にはならないと考えます。医学的な見地から過度な介入ではないと判断できる範囲で、患者・家族と話し合って併存症の治療レベルを決定すれば良いと思います。
反対に、透析中の患者がリンパ腫やAMLになり、治癒が望めるなら、積極的に抗がん薬をフルに投与しますし、治った方もいます。
5. 研修医2年目
85、90歳を超える年齢の乳癌患者さんを受けもっており、手術・化学療法を行っておりますが、年齢、PS以外に超高齢患者さんの乳がん治療において気をつけることがあったら教えてください。
答え)
乳がん患者にかぎらず、多くのがんは高齢者の疾患ですので、乳がん患者に特化したような気をつけることはありません。高齢者はすべての臓器機能が落ちていますし老年症候群を大なり小なり持っています。たとえばクレアチニンは基準値内でもGFRは成人の半分ぐらいになっています。当然、水の出納バランス、腎排泄型の薬剤の使用、腫瘍崩壊に対する対応など、成人より気を付けないといけないところが多くあります。ご存じのように感染症でも熱が出ない患者や炎症部位の症状・徴候がでにくいことがよく知られています。
また、がん治療をするかどうかは、するのであればどのような指標を使って検査・治療方針を決定していくかについては、次の冊子とホームページを参考にしてください。
・「高齢者がんの治療とケア読本」 日本化薬Coと一緒に作りました。
https://mink.nipponkayaku.co.jp/cancer/reader01.html
・「高齢者のがんを考える会」のホームページhttp://www.chotsg.com/jogo/regist.html
これには、高齢がん患者さんを包括的に機能評価するツールを掲載しています。
編集部:大変、遅くなり失礼致しました。
2014年1月10日(金)ベルサール神田
1.勤務医13年目
抗腫瘍薬治療による宿主への免疫への影響、具体的には発症する感染症への影響についての質問です。
好中球減少や免疫細胞表面抗原をターゲットとした薬剤についてはある程度体系的に把握できますが、その他の分子標的薬についてはどのように考えればよいでしょうか?
答え)
分子標的治療薬といっても、一つの分子の異常や過剰発現をターゲットしているのはまれで、CMLに使用されるimatinibを除くと、他の多くの薬剤は多標的で正常組織にも種々の副作用がでます。Gefitinibのように致死的な間質肺炎を起こすこともあります。また、従来の抗がん薬に上乗せする形で開発、実臨床では併用して使われることが多いのが現状です。従って、殺細胞性の抗がん薬の副作用が前面に出ます。
・好中球減少をきたす薬剤もあります。Imatinib、sunitinibが代表的なものですが、発熱性好中球減少症をきたすような重篤なものはまれです。中止、減量により調節できます。
・rituximabは、正常、異常の成熟したB細胞の膜表面に表出しているCD20に対する抗体薬です。本薬剤を投与しますと、B細胞は減少し血清免疫グロブリン値もかなり下がります。面白いことに液性免疫不全に特徴的な肺炎球菌性の肺炎が増加する報告はまれで、むしろPneumocystosisが増加することが報告されています(Katsuya et al. Leuk & Lymphoma 50:1818, 2009)。
・Rheumatoid arthritisやCrohn’s で使用されるinfliximabなどは免疫抑制を惹起します。結核やPnemocystosisが増加することが言われています。
最近発売になっているがんに対する薬剤の70%が分子標的治療薬です。いろんなバラエティーに富んだ有害事象が報告されていますので、十分studyした上でお使いください。Multi-targetであるがゆえに、免疫にも関与する分子に影響を与えます。我々がん薬物療法専門医も新薬を使うときは、cancer boardなどを通して情報を共有する努力をしています。
2.勤務医5年目
高齢の癌患者さんを診る機会が多いのですが、年齢での治療の可否はどのように考えればよろしいでしょうか?(90歳代でPS2の方とか)
あと、認知症など精神疾患をもつ患者さんへの治療について、どう思われるか教えていただけると幸甚です。
答え)
がん治療には、手術、放射線、薬物療法の3種類があり、それぞれ根治的なものから緩和的なものまであります。
私の立場ははっきりしていて、医師をはじめとする医療者や家族あるいは直接世話をされている方たちが決定することではなく、本人が決定すべきことである、ということです。これは、感染症を含む他の領域でも同じだと思います。
90歳代の包括的機能評価で大きな問題なく、自律している意欲的な患者さんであれば、胃がんの根治的な手術もできるし、実際実施された例も経験しています。一方、前立腺がんの比較的早期な段階でみつかった90歳の方でしたら、前立腺がんで亡くなるよりも他疾患で亡くなる可能性が高いので、根治的な手術や放射線照射を避けホルモン剤で経過をみる選択をします。
認知症や精神疾患も程度次第です。ある程度理解があるのであれば、家族を交えICをとって、治癒が得られるなら治癒的な治療をするでしょうし、治癒が得られる腫瘍であっても、患者の協力がまったく得られない状況であれば、抗がん薬で血球減少や粘膜障害が強く出る薬剤を避け、治癒ではなく腫瘍をこれ以上大きくしないようにコントロールする選択をします。
治らない段階の腫瘍は、緩和的な抗がん薬の使用あるいは支持療法に徹します。
質問者の悩みは我々の悩みでもありますが、基本的なことはここに述べた通りです。
3.勤務医6年目
“医者に殺されない・・・”というベストセラー本を読んで、“がんもどき理論”、“がんは治療しない方がよい”と信じている患者さんが最近増えているように思います。
先生はこのような患者さんにどのように説明されているか、伺えましたら幸いです。
答え)
現在のエビデンスを示して、医学的な見地から治療のベストなものを提示し、治療をするかどうかを選択してもらいます。了解を得られれば治療をします。すなわち、ICが一番重要です。了解が得られなければそれは仕方がありません。次の情報を参考にしてください。
以前、医師、学生、看護師、薬剤師、技師、秘書、事務員、製薬会社のMRにアンケート調査をしたことがあります。 stage?B、?期の非小細胞肺がん(治癒は望めない、化学療法をすると3-6か月延命が可能)になったときに、治療関連死が起こるかもしれないほどの強い化学療法をする際、どのぐらい延命があれば受けますか?
1〜2週間、3ヵ月、半年、1年、それ以上
質問者の方を含め、みなさんはいかがですか?
アンケートの結果は広くばらけています。
お子さんをもった秘書のなかには、1〜2週間でも延命があれば子供と1日でも一緒に過ごしたいので受けると言う人がいる一方で、1年以上でも受けないという技師、看護師や医師がいます。なぜ医療者に受けたくない人が多いか、理由はいろいろあると思いますが、学生や事務員、MRなどは大変前向きで、むしろ医療者が後ろ向きということが分かります。その際、後ろ向きのDrがICをとるのと、前向きの方がとるのでは、患者・家族の受け取り方はかなり違うでしょうね。
4. 勤務医8年目
進行がんで生命予後の短い患者さんを診るとき、併存疾患の治療をどこまで真面目に(という表現が適切かどうかわかりませんが)やるか悩むことがあります。高血圧や糖尿病については緊急事態が起きなければいいや、でも経過中に発症した心房細動はどうしようか・・・など、先生の基本的なスタンスがあればお教え頂けないでしょうか?
答え) この質問も良く受けますし、我々も悩むところです。しかし、答えは
2.3と一緒です。我々が決定することではなく、状況を説明し、理解をいただく努力をした上で決定します。
進行がんでも予後は最近ずいぶんよくなってきています。いまは進行がんも慢性の疾患ととらえるべきで、患者さんの意向でしょう。
ただ、進行膵癌のように予後が極めて悪い場合、糖尿病の合併も多い。血糖のコントロールのために1日4回血糖をチェックして、スライディングスケールでインスリンを投与するかと言うと、ある程度インスリンの量を決めて、fixed dose でインスリンを打つようなことは結構やっています。しかし、患者さんがやりたいというのをやめる理由にはならないと考えます。医学的な見地から過度な介入ではないと判断できる範囲で、患者・家族と話し合って併存症の治療レベルを決定すれば良いと思います。
反対に、透析中の患者がリンパ腫やAMLになり、治癒が望めるなら、積極的に抗がん薬をフルに投与しますし、治った方もいます。
5. 研修医2年目
85、90歳を超える年齢の乳癌患者さんを受けもっており、手術・化学療法を行っておりますが、年齢、PS以外に超高齢患者さんの乳がん治療において気をつけることがあったら教えてください。
答え)
乳がん患者にかぎらず、多くのがんは高齢者の疾患ですので、乳がん患者に特化したような気をつけることはありません。高齢者はすべての臓器機能が落ちていますし老年症候群を大なり小なり持っています。たとえばクレアチニンは基準値内でもGFRは成人の半分ぐらいになっています。当然、水の出納バランス、腎排泄型の薬剤の使用、腫瘍崩壊に対する対応など、成人より気を付けないといけないところが多くあります。ご存じのように感染症でも熱が出ない患者や炎症部位の症状・徴候がでにくいことがよく知られています。
また、がん治療をするかどうかは、するのであればどのような指標を使って検査・治療方針を決定していくかについては、次の冊子とホームページを参考にしてください。
・「高齢者がんの治療とケア読本」 日本化薬Coと一緒に作りました。
https://mink.nipponkayaku.co.jp/cancer/reader01.html
・「高齢者のがんを考える会」のホームページhttp://www.chotsg.com/jogo/regist.html
これには、高齢がん患者さんを包括的に機能評価するツールを掲載しています。
編集部:大変、遅くなり失礼致しました。