以下、再掲です。
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医学書院の許可・依頼で以下に編集長の書評を掲載します。
書評:『感染症疫学ハンドブック:』
監修:谷口清州、編集:吉田眞紀子、堀成美
「半年 vs. 3日」のギャップを埋める、日本の医療現場で渇望されていた書籍
はじめに:
筆者の勝手な感覚で言わせてもらえば、日本の医療現場で数十年前から必要とされていた本が、今年(2015年)になってようやく上梓された。本書『感染症疫学ハンドブック』である。
なぜ、この種の本の出版が数十年遅れたのか。それは、この疫学という領域が感染症に限らず、医療・医学に必須であるという認識が国内のさまざまなレベル・領域で遅れたからである(そして今も遅れ、冷遇されている)。その問題が現れた実例を示す。
1996年、大阪は堺市で数千人の患者を生み出した腸管出血性大腸菌O157:H7の集団発生は「半年」近く続いていた。本書の第1章を執筆されたJohn小林先生(以下、敬意と愛着を込めてJohnと略)に、「あなたが指揮を執れば集団発生を終息させるまで、どのくらいの時間が必要ですか」と聞くと、「3日……長引くと1週間かな……」。「!!」(参考までにJohnとのつきあいは10数年におよぶが、彼に「はったり」という概念は存在しない)。
この「半年 vs. 3日」のギャップを埋めるべく、このJohnを始め関係の先生がたの支援を受けて設立された実地疫学の拠点が「国立感染症研究所実地疫学専門家養成コース(FETP-J:Field Epidemiology Training Program)」であり、本書は、このコースの卒業生の共同執筆により完成された。
本書の紹介:
疫学というと「10万人あたり……」といった退屈な世界、「数式が並ぶ」難解な世界を想像される向きも多いと思うが、本書は「実地」と名前がついているように現場が舞台であり、良い意味で現場で「実地」に作業することを意識したノウハウ本となっている。初心者は、第1部の1章から3章を読み具体的な実地疫学の手法を概観し、その手法が実際例ではどのように用いられる第2部のケーススタディで学ばれるとよい。恐らく、これだけで、この領域の面白さの虜になる人が出る。実地疫学には「現場が好き、臨床が好き」な医療従事者を虜にするものが充溢している。
すでに何らかの形で本書が扱う領域におられる方、具体的には保健行政、マスコミの関係の方は、第7章「疫学に必要な検査の基礎知識」、第9章「情報の収集と活用」、第11章「報告書の書き方、プレゼンテーションのまとめ方」、第13章「リスクコミュニケーションの実際」がとくにお勧めである。
「『検査が陽性』であることと『患者』であることの距離」を理解した役所からの通達が遙かに実用的になり、「『感染症による健康リスクが個人や社会に与える影響を最小限にする』ことを意識し共有する必要」を理解したマスコミはパラボラアンテナ付きの車で患者・家族を追い回すことをやめるだろう(多分やめないけど……)。
おわりに:
MERS以前からエボラ、デング、鳥インフルエンザ、HIV……新しい微生物が出るたびに日本の関係機関(行政、マスコミ、医療機関)が示す「右往左往」は「金太郎飴」のようにまったく同様であり、既得権益を享受する人々の焼け太りを含めて今後も変化の兆しがない。
日本のFETPがそのモデルとした米国のEIS(Epidemic Intelligence Service)およびそれにならって運営されている各国のFETPは、研修生は有給であり、研修終了後は実地疫学のノウハウを活用し地域を守るポジションにつく人が多いが、日本では必ずしもそのような活かされ方はしていない。
それでも、この絶望的な状況にわずかではあるが新しい光を投げかける本書が多くの読者を得ること、特に日本の保健行政の要路を決める方の目にとまることを切望します。
青木眞(感染症コンサルタント)
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医学書院の許可・依頼で以下に編集長の書評を掲載します。
書評:『感染症疫学ハンドブック:』
監修:谷口清州、編集:吉田眞紀子、堀成美
「半年 vs. 3日」のギャップを埋める、日本の医療現場で渇望されていた書籍
はじめに:
筆者の勝手な感覚で言わせてもらえば、日本の医療現場で数十年前から必要とされていた本が、今年(2015年)になってようやく上梓された。本書『感染症疫学ハンドブック』である。
なぜ、この種の本の出版が数十年遅れたのか。それは、この疫学という領域が感染症に限らず、医療・医学に必須であるという認識が国内のさまざまなレベル・領域で遅れたからである(そして今も遅れ、冷遇されている)。その問題が現れた実例を示す。
1996年、大阪は堺市で数千人の患者を生み出した腸管出血性大腸菌O157:H7の集団発生は「半年」近く続いていた。本書の第1章を執筆されたJohn小林先生(以下、敬意と愛着を込めてJohnと略)に、「あなたが指揮を執れば集団発生を終息させるまで、どのくらいの時間が必要ですか」と聞くと、「3日……長引くと1週間かな……」。「!!」(参考までにJohnとのつきあいは10数年におよぶが、彼に「はったり」という概念は存在しない)。
この「半年 vs. 3日」のギャップを埋めるべく、このJohnを始め関係の先生がたの支援を受けて設立された実地疫学の拠点が「国立感染症研究所実地疫学専門家養成コース(FETP-J:Field Epidemiology Training Program)」であり、本書は、このコースの卒業生の共同執筆により完成された。
本書の紹介:
疫学というと「10万人あたり……」といった退屈な世界、「数式が並ぶ」難解な世界を想像される向きも多いと思うが、本書は「実地」と名前がついているように現場が舞台であり、良い意味で現場で「実地」に作業することを意識したノウハウ本となっている。初心者は、第1部の1章から3章を読み具体的な実地疫学の手法を概観し、その手法が実際例ではどのように用いられる第2部のケーススタディで学ばれるとよい。恐らく、これだけで、この領域の面白さの虜になる人が出る。実地疫学には「現場が好き、臨床が好き」な医療従事者を虜にするものが充溢している。
すでに何らかの形で本書が扱う領域におられる方、具体的には保健行政、マスコミの関係の方は、第7章「疫学に必要な検査の基礎知識」、第9章「情報の収集と活用」、第11章「報告書の書き方、プレゼンテーションのまとめ方」、第13章「リスクコミュニケーションの実際」がとくにお勧めである。
「『検査が陽性』であることと『患者』であることの距離」を理解した役所からの通達が遙かに実用的になり、「『感染症による健康リスクが個人や社会に与える影響を最小限にする』ことを意識し共有する必要」を理解したマスコミはパラボラアンテナ付きの車で患者・家族を追い回すことをやめるだろう(多分やめないけど……)。
おわりに:
MERS以前からエボラ、デング、鳥インフルエンザ、HIV……新しい微生物が出るたびに日本の関係機関(行政、マスコミ、医療機関)が示す「右往左往」は「金太郎飴」のようにまったく同様であり、既得権益を享受する人々の焼け太りを含めて今後も変化の兆しがない。
日本のFETPがそのモデルとした米国のEIS(Epidemic Intelligence Service)およびそれにならって運営されている各国のFETPは、研修生は有給であり、研修終了後は実地疫学のノウハウを活用し地域を守るポジションにつく人が多いが、日本では必ずしもそのような活かされ方はしていない。
それでも、この絶望的な状況にわずかではあるが新しい光を投げかける本書が多くの読者を得ること、特に日本の保健行政の要路を決める方の目にとまることを切望します。
青木眞(感染症コンサルタント)