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Channel: 感染症診療の原則
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その数字は高いのか低いのか

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感染症を勉強しはじめたら、どこかの時点でその数字の扱いの基礎を学ぶことになります。
とりあえず自分で勉強してみようということになったら、下記の本がおすすめです。
(これは各論なので、いずれどこかでEpidemiology総論を学ぶ必要があります)
感染症疫学―感染性の計測・数学モデル・流行の構造昭和堂

AFPに興味深い話が載っていました。学部生に感染症の数字を教える際に使えそうです。


「強毒性の鳥インフルエンザ(H5N1型)はめったに発生しないものの感染すると半数以上が死亡する病気と考えられているが、23日の米科学誌サイエンス(Science)に、H5N1型はもっとありふれた病気で致死率も低い可能性があるとする論文が掲載された。最近、ヒト間で感染するH5N1変異株の作成に成功したとの発表が、大量死をもたらしうるH5N1型への恐怖をさらに掻き立てているが、今回の研究はそんな心配を和らげてくれるかもしれない。」

実際、感染症の専門家と、一般市民の数字の見方は最初の時点で大きく異なります。

新聞報道等で「致死率50%」と書いてあると、感染して発症したら2人に1人が死んじゃうんだ、そりゃ怖い、という印象になります。

%を出すためには分母と分子が必要ですが、それぞれどのような数字なのかということが問題になります。

「感染して発症したら2人に1人が死ぬ」だと、まず感染した人が把握されて、死んだ人が把握される必要があります。
しかし、インフルエンザのような呼吸器感染症で、特定のウイルスに感染した人、発症した人を把握することは困難です。

図式で見るとこうなります。

感染した人 > 発症した人 > 病院を受診した人 > 医師が特定の検査をした人 > 検査診断で把握された人

つまり、新聞報道にあるの致死率は、「受診して検査で把握された人」が分母になります。
そのうち救命できた人と、死んでしまった人がいます。死亡した人、検査で確認され、かつ医師が公的に報告した数字が分子です。


(具体的には「症例の定義」で決まって来ます。ただ「咳をしている人」だとたくさんあてはありますが、「発熱を伴う」とか、「○日以上続く」だと限定されますし、「検査で診断された人」だその定義はうんと厳しくなります)


感染症の場合、適切な治療薬があっても救命できないことがあることは基本的な事実です。救命できるかどうかに関わる因子には、その人の年齢(高齢者は不利)、基礎疾患(重症化する因子)、免疫状態(妊婦、治療によって低下している等)といった個体の問題と、病気のステージの問題があります。ステージというのは初期なのか、かなり進んでしまってからなのか、ということです。

よく青木編集長が「火事と消防車」に例えますが、「どんなにすばらしい消防車があっても、電話がかかってくるのが全焼5分前では役に立ちません」です。

これまでH5N1が報告されている国は、必ずしも一般の人の医療アクセスがよい国ではありません。

日本のように「ちょっと咳と熱があるから病院いってくるわー」という手軽さはなく、まず会計で支払いをして領収書を見せないと診察や検査してもらえないということもあります。かなりハードルが高いわけです。

インフルエンザ以外にも「急性呼吸器感染症」が複数常時流行しており、特定のインフルエンザかなあ・・・と本人や家族、医療関係者も考えないこともあります。

救命率が高まるのは、早期に抗ウイルス薬を使えた事例なのですが、以上のことから、病院に来るタイミングが遅い、最初の医療機関で高価な治療薬にすぐにアクセスできるかわからない、という背景を考えると、致死率の分母と分子の両方にかかってくるバイアスがみえてきます。

通常のインフルエンザでも、感染しても発症しない(自覚症状に乏しい)人がいることは知られています。

そのような人がどれくらいいるかは、血液検査で抗体をみる形の住民サーベイランスである程度は開くできます。
つまり、ウイルスに感染した形跡のある人を分母にし、発症した人を分子、さらにそこから重症率をみるという手法です。

記事の続きをみてみましょう。

「■WHOの手法は不十分米ニューヨーク(New York)のマウントサイナイ医科大学(Mount Sinai School of Medicine)の研究チームは、世界各地で計約1万3000人の血液検査を実施した過去の20件の研究を分析した。」

さっそくでてきました。血液検査です。
実際には「血、とらせてください」ということになるので倫理委員会を通したり現地で通訳をまじえて説明したり、現地の行政/医療機関の協力なくしては出来ない調査であります。
しかし、そこから得られる情報は、記憶とかアンケート調査などよりもよほど正確です。

「その結果、全体の1〜2%にH5N1型に感染した形跡があった。感染者が全世界で数百万人にのぼっていた可能性を示唆する数字だが、世界保健機関(WHO)の統計によると、2003年以降のH5N1型感染者数は15か国の573人に過ぎないとされている。研究チームは、WHOは対象者を入院患者と重症者だけに絞っているため、感染者数を過小評価している可能性があると指摘するとともに、感染者の多くが医療を受けにくい地方の農村部に住んでいることなどから、死亡率はWHOが発表した58.6%より高い恐れもあるとしている。」

「以上のことから研究チームは、感染者数を正しく把握するための新しい統一された手法を作り、対象を拡大してさらに詳しい調査を行うべきだと提案している。」

実際に、インドネシアのたくさんある島で調べても、たいていトリからはH5N1を検出できるのだそうです。
多くのインドネシア人がトリとともに生活をしています。
発症した人は死んだトリ、病気のトリとの接触があることが多く、稀にヒトヒト感染する場合は看病した等の濃厚接触が把握されています。

このほかに、なぜ重症化する人としない人がいるのかという、個体差(免疫、遺伝)を調べている人たちもいます。
(血縁家族は発症しているが、看病した他人、医療者に感染拡大していないため)

いずれにしても、最終的に詳しい検査をしないとH5N1だったね、とはわからず、通常のインフルエンザ症状で受診することになります。
受診する側も診察する側もインフルエンザっぽいねー、ですし超重症なら最初からICUで呼吸器ということになるのでしょう。
あとで慌てないためにはルチンの院内感染対策をルール通りにしておくことが重要。

Scienceがバイオセキュリティの枠で特集しています。Public Health, Biosecurity, and H5N1です。

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