(投稿後論文追加・改変あり)
個人批判や偏見につながるといけない話なのですが、感染症対策の難しさのひとつとしてシンボリックなのでサマリーとして紹介したいとおもいます。
あるところに、比較的裕福な男性がいました。そして優しい性格。
めでたく美しい女性をお嫁さんにもらいました。
しかし、そのお嫁さんが亡くなってしまいます。
悲嘆にくれてばかりいては、長い人生つらいよ、とご近所や親戚が新しいお嫁さんをさがしてきました。
しかし、その方も亡くなってしまいました。
周囲がいろいろ噂します。
男性はその後、お嫁さんをもらうことはありませんでした・・・という話。婦人科系のがんが原因でした。
20年近く前のスペインの報告ですが、男性に注目した調査がありました。
Male Sexual Behavior and Human Papillomavirus DNA: Key Risk Factors for Cervical Cancer in Spain
Journal of the National Cancer Institute, Vol. 88, No. 15, August 7, 1996
性的なコンタクトでうつる感染症は複数ありますが、検査して治療すれば問題なくなるものと、コンドームでほぼ予防できるものと、治療法が確立していないものと、予防が難しいものとあります。
ひとりがHIV陽性のカップルの相談でも、HIVがうつらないでしょうか、というごく初期の相談への説明は難しくありませんが、ヘルペスやHPVの予防はどうすればいいでしょうか、という話の方が難しいのが現実です。
HIV検査は感染がわかれば専門病院に紹介をして、早期に治療を開始するというプロトコールがあります。
HPV検査は「その後」の対応がそれほどシンプルではありません。
HPV検査を子宮頸がんのルチンのスクリーニングに入れるかということが各国で検討されています。
ただ入れるだけでなく、併用することで年齢やライフスタイルなどのリスクも勘案して、検診間隔を空けることができるのではないか(全体としての費用抑制)等も検討されています。
通常のスメア検査とちがって、HPV検査というのはそこにHPVがいるかどうか、を検査します。タイピングで16や18がいるかという検討はさらに詳細な検討といえます。
自治体からおくられてくる子宮頸がん検診ではスメア検査について公費で補助が行われています。
職場の検診や自主的に受ける人間ドッグでは「婦人科オプション」があって、希望者が費用を追加して受けることができます。
その中にHPV検査があります。
よくあるのは、ハイリスク(発がん性)HPVを調べる検査で、16,18,31,33,35,39,45,51,52,56,58,59,68の13種類について、感染の有無を「陽性」・「陰性」で判定します。費用は5000円前後です。
ここで陰性ならばホッとしますが(不確実性は常に残るので「100%ない」という保証ではありませんが)
「陽性でした」といわれたとします。
「陽性だと何かまずいんですか?」「どうすればいいんですか?」と考えます。
このような問題がおきますので、検診や検査はどんどんすればいい、というものばかりではないこともわかります。検査をする前にどういった結果がかえされるのか、そこでどのような検討が行われるのか、それはどれほどの意味があるのかということを伝える必要があります。
現在の技術や検査の選択としては、ハイリスクHPVのどれに感染しているか?を調べる方法があります。
HPVタイピング検査です。
上記の13種類に67型を加えた14種類の検査は17000円前後です。
検査があると言われたときに、希望するかしないかは個人差があります。費用が高額ですので医療者サイドから「ぜひやっておきましょう」とお勧めできるかも検討事項です(細胞診で異常の場合の保険適応あり)。
例えば、「細胞異常がありました」「あなたは16と18に感染していますね」と言われたどのようなインパクトがあるのか。
Abnormal Cervical Smear Results
ここで、「どのようにすれば消えますか?」という質問を受けることがあります。
現在、ウイルスを「消す」(体から排除する)特別な方法はありません。
免疫によって排除されるという説明がありますので、陰性になることを願って高い検査を定期的にするひとがでてきます。その都度落ち込む女性の電話相談は、受ける側もたいへん重たいものです。
「時限爆弾のようです」と言った女性もいました。
検査をしなければ気づかなかったことですし、検査が登場する前は話題にならなかったことです。
もしかしたら免疫が勝つのかもしれませんが、問題はこの女性のパートナーがHPV16のキャリアである場合です。自然に感染した場合の免疫では再感染を防げないからです。
Human Papillomavirus Infection and Reinfection in Adult Women: the Role of Sexual Activity and Natural Immunity
Cancer Res November 1, 2010 70; 8569
(抗体の種類等の詳細な説明は省略しますが)例えば、クラミジアも一度感染したあとに血液の中に抗体を見つけることがあっても、何度も何度も感染します。梅毒も結核も再感染がおきます。あんなにすごい症状や入院まで経験したのに!と驚く患者さんもいました。
HIVも抗体検査で感染を確認しますが、その抗体は別の人のHIVの感染を予防しません。重複感染(super infection)して治療に失敗、というような事例があります。
関係ない人には、あ、そう。かもしれませんが、感染した当事者にとっては、この先どうしたらいいのか、相手との関係はどうなるのか。明日からの(今日からの)不安を抱えることになります。
性行為をこの先しないほうがよいです、とも言えません。
壊れてしまったカップルもいます。
もちろん誰にも悪意はありません。
男性からも「自分がうつしたのだろうか」「HPVは消せるのか?」という質問を受けますが、そもそも男性の性器や口腔内のHPV検査は通常しませんし、どうすれば消えるのかという熱い討論を学会できいたこともありません。
HPV Duration in Men
粘膜以外の皮膚からも、咽頭からも感染します。コンドームだけでは防げない理由のひとつです。
HPVワクチンが開発されました意義のひとつはそこにあると思います(他の方法でなんとかなるなら、時間も費用もかかるようなプロジェクトに企業は手を出しませんし、科学者も挑戦はしません)。
中途半端に聞きかじった人は、ほとんど自然に消えるんだよね、ということを強調します。
その元になった調査の1次文献を読んだ人がどれくらいいるのかしりませんが。limitationのあるレポートを拡大解釈(誤解)している説明もあるので、どの話を説明しようとしているのか、語る側に注意が必要です。
発達した成人女性の検診データなのか、受診者データなのか、感染に脆弱な若年層なのか。
(若年のほうがクラミジアにしてもHPVにしてもclearlance機能が弱いという、世代別の問題もあります。)
ハイリスクの中でも特定の型が継続的な観察の中でも問題として理解されてもいます。
自然に消えるということを利用して「キノコがいいらしい」というかなり?なレベルの情報が流れていたり、「このサプリにおまかせ」という商売もあります。
このサプリ会社はもちろんFDAからきつくお叱りをうけています。がまだ商売は続いています。
HPV検査もHPVワクチンも費用対効果上よくないから公費でなくてもいい、という意見も聞きます。
そういった判断も当然あるでしょう。
お金も資源も無限にあるわけであはりませんから。
しかしその場合は、明らかに「あきらめる」何か、そこでの痛みや悲しみとの天秤です。
高齢者のがんとはちがって、働き盛りの世代のリスクだったり、これから妊娠出産をする年齢の女性の健康問題だったり、幼くしてお母さんを失うかもしれない女性の悲しみだったりするので、エビデンス的にどうか?といわれながらも政治判断で公費導入している国があるのです(していない国もあります)。
高額なワクチンなので男性に導入している国は限定的ですが、「男性にも接種を」という啓発活動の背景には、このような複雑な健康問題の解決法として採用すべきという意見と、男性が女性にうつしているのはけしからん!というアドボケイト活動と、男性も守られるべき/女性だけに接種して男性にしないのは差別だと言う男性側のアドボケイト活動とたいへん複雑になっています。
科学的な知見と、費用対効果を含めた現実可能性と、今後も議論が続くと思われます。
読売新聞 2012年10月 「HPV検査…ウイルス感染調べ 子宮頸がん発見へ」
検査の結果や周辺情報で悩む人の語り。
「先日HPV検査について質問させて頂いた者です。今日結果が出て【陽性】でした。」
「混乱しています」
「ふっと疑問に思った事」
「HPV感染から子宮頸がん・異形成になるまでの期間」
「ハイリスクHPVウィルスの夫婦内での再感染」
Concordance of Specific Human Papillomavirus Types in Sex Partners Is More Prevalent than Would Be Expected by Chance and Is Associated with Increased Viral Loads
Meta-analysis of Human Papillomavirus Infection Concordance
High-risk HPV type-specific clearance rates in cervical screening
Type-Specific Duration of Human Papillomavirus Infection: Implications for Human Papillomavirus Screening and Vaccination
Incidence, duration, and reappearance of type-specific cervical human papillomavirus infections in young women.
Duration and Clearance of Anal Human Papillomavirus (HPV) Infection among Women: The Hawaii HPV Cohort Study
Cross-sectional study of HPV-16 infection in a population-based subsample of Hispanic adults
国立がん研究センター 検診の科学的根拠
個人批判や偏見につながるといけない話なのですが、感染症対策の難しさのひとつとしてシンボリックなのでサマリーとして紹介したいとおもいます。
あるところに、比較的裕福な男性がいました。そして優しい性格。
めでたく美しい女性をお嫁さんにもらいました。
しかし、そのお嫁さんが亡くなってしまいます。
悲嘆にくれてばかりいては、長い人生つらいよ、とご近所や親戚が新しいお嫁さんをさがしてきました。
しかし、その方も亡くなってしまいました。
周囲がいろいろ噂します。
男性はその後、お嫁さんをもらうことはありませんでした・・・という話。婦人科系のがんが原因でした。
20年近く前のスペインの報告ですが、男性に注目した調査がありました。
Male Sexual Behavior and Human Papillomavirus DNA: Key Risk Factors for Cervical Cancer in Spain
Journal of the National Cancer Institute, Vol. 88, No. 15, August 7, 1996
性的なコンタクトでうつる感染症は複数ありますが、検査して治療すれば問題なくなるものと、コンドームでほぼ予防できるものと、治療法が確立していないものと、予防が難しいものとあります。
ひとりがHIV陽性のカップルの相談でも、HIVがうつらないでしょうか、というごく初期の相談への説明は難しくありませんが、ヘルペスやHPVの予防はどうすればいいでしょうか、という話の方が難しいのが現実です。
HIV検査は感染がわかれば専門病院に紹介をして、早期に治療を開始するというプロトコールがあります。
HPV検査は「その後」の対応がそれほどシンプルではありません。
HPV検査を子宮頸がんのルチンのスクリーニングに入れるかということが各国で検討されています。
ただ入れるだけでなく、併用することで年齢やライフスタイルなどのリスクも勘案して、検診間隔を空けることができるのではないか(全体としての費用抑制)等も検討されています。
通常のスメア検査とちがって、HPV検査というのはそこにHPVがいるかどうか、を検査します。タイピングで16や18がいるかという検討はさらに詳細な検討といえます。
自治体からおくられてくる子宮頸がん検診ではスメア検査について公費で補助が行われています。
職場の検診や自主的に受ける人間ドッグでは「婦人科オプション」があって、希望者が費用を追加して受けることができます。
その中にHPV検査があります。
よくあるのは、ハイリスク(発がん性)HPVを調べる検査で、16,18,31,33,35,39,45,51,52,56,58,59,68の13種類について、感染の有無を「陽性」・「陰性」で判定します。費用は5000円前後です。
ここで陰性ならばホッとしますが(不確実性は常に残るので「100%ない」という保証ではありませんが)
「陽性でした」といわれたとします。
「陽性だと何かまずいんですか?」「どうすればいいんですか?」と考えます。
このような問題がおきますので、検診や検査はどんどんすればいい、というものばかりではないこともわかります。検査をする前にどういった結果がかえされるのか、そこでどのような検討が行われるのか、それはどれほどの意味があるのかということを伝える必要があります。
現在の技術や検査の選択としては、ハイリスクHPVのどれに感染しているか?を調べる方法があります。
HPVタイピング検査です。
上記の13種類に67型を加えた14種類の検査は17000円前後です。
検査があると言われたときに、希望するかしないかは個人差があります。費用が高額ですので医療者サイドから「ぜひやっておきましょう」とお勧めできるかも検討事項です(細胞診で異常の場合の保険適応あり)。
例えば、「細胞異常がありました」「あなたは16と18に感染していますね」と言われたどのようなインパクトがあるのか。
Abnormal Cervical Smear Results
ここで、「どのようにすれば消えますか?」という質問を受けることがあります。
現在、ウイルスを「消す」(体から排除する)特別な方法はありません。
免疫によって排除されるという説明がありますので、陰性になることを願って高い検査を定期的にするひとがでてきます。その都度落ち込む女性の電話相談は、受ける側もたいへん重たいものです。
「時限爆弾のようです」と言った女性もいました。
検査をしなければ気づかなかったことですし、検査が登場する前は話題にならなかったことです。
もしかしたら免疫が勝つのかもしれませんが、問題はこの女性のパートナーがHPV16のキャリアである場合です。自然に感染した場合の免疫では再感染を防げないからです。
Human Papillomavirus Infection and Reinfection in Adult Women: the Role of Sexual Activity and Natural Immunity
Cancer Res November 1, 2010 70; 8569
(抗体の種類等の詳細な説明は省略しますが)例えば、クラミジアも一度感染したあとに血液の中に抗体を見つけることがあっても、何度も何度も感染します。梅毒も結核も再感染がおきます。あんなにすごい症状や入院まで経験したのに!と驚く患者さんもいました。
HIVも抗体検査で感染を確認しますが、その抗体は別の人のHIVの感染を予防しません。重複感染(super infection)して治療に失敗、というような事例があります。
関係ない人には、あ、そう。かもしれませんが、感染した当事者にとっては、この先どうしたらいいのか、相手との関係はどうなるのか。明日からの(今日からの)不安を抱えることになります。
性行為をこの先しないほうがよいです、とも言えません。
壊れてしまったカップルもいます。
もちろん誰にも悪意はありません。
男性からも「自分がうつしたのだろうか」「HPVは消せるのか?」という質問を受けますが、そもそも男性の性器や口腔内のHPV検査は通常しませんし、どうすれば消えるのかという熱い討論を学会できいたこともありません。
HPV Duration in Men
粘膜以外の皮膚からも、咽頭からも感染します。コンドームだけでは防げない理由のひとつです。
HPVワクチンが開発されました意義のひとつはそこにあると思います(他の方法でなんとかなるなら、時間も費用もかかるようなプロジェクトに企業は手を出しませんし、科学者も挑戦はしません)。
中途半端に聞きかじった人は、ほとんど自然に消えるんだよね、ということを強調します。
その元になった調査の1次文献を読んだ人がどれくらいいるのかしりませんが。limitationのあるレポートを拡大解釈(誤解)している説明もあるので、どの話を説明しようとしているのか、語る側に注意が必要です。
発達した成人女性の検診データなのか、受診者データなのか、感染に脆弱な若年層なのか。
(若年のほうがクラミジアにしてもHPVにしてもclearlance機能が弱いという、世代別の問題もあります。)
ハイリスクの中でも特定の型が継続的な観察の中でも問題として理解されてもいます。
自然に消えるということを利用して「キノコがいいらしい」というかなり?なレベルの情報が流れていたり、「このサプリにおまかせ」という商売もあります。
このサプリ会社はもちろんFDAからきつくお叱りをうけています。がまだ商売は続いています。
HPV検査もHPVワクチンも費用対効果上よくないから公費でなくてもいい、という意見も聞きます。
そういった判断も当然あるでしょう。
お金も資源も無限にあるわけであはりませんから。
しかしその場合は、明らかに「あきらめる」何か、そこでの痛みや悲しみとの天秤です。
高齢者のがんとはちがって、働き盛りの世代のリスクだったり、これから妊娠出産をする年齢の女性の健康問題だったり、幼くしてお母さんを失うかもしれない女性の悲しみだったりするので、エビデンス的にどうか?といわれながらも政治判断で公費導入している国があるのです(していない国もあります)。
高額なワクチンなので男性に導入している国は限定的ですが、「男性にも接種を」という啓発活動の背景には、このような複雑な健康問題の解決法として採用すべきという意見と、男性が女性にうつしているのはけしからん!というアドボケイト活動と、男性も守られるべき/女性だけに接種して男性にしないのは差別だと言う男性側のアドボケイト活動とたいへん複雑になっています。
科学的な知見と、費用対効果を含めた現実可能性と、今後も議論が続くと思われます。
読売新聞 2012年10月 「HPV検査…ウイルス感染調べ 子宮頸がん発見へ」
検査の結果や周辺情報で悩む人の語り。
「先日HPV検査について質問させて頂いた者です。今日結果が出て【陽性】でした。」
「混乱しています」
「ふっと疑問に思った事」
「HPV感染から子宮頸がん・異形成になるまでの期間」
「ハイリスクHPVウィルスの夫婦内での再感染」
Concordance of Specific Human Papillomavirus Types in Sex Partners Is More Prevalent than Would Be Expected by Chance and Is Associated with Increased Viral Loads
Meta-analysis of Human Papillomavirus Infection Concordance
High-risk HPV type-specific clearance rates in cervical screening
Type-Specific Duration of Human Papillomavirus Infection: Implications for Human Papillomavirus Screening and Vaccination
Incidence, duration, and reappearance of type-specific cervical human papillomavirus infections in young women.
Duration and Clearance of Anal Human Papillomavirus (HPV) Infection among Women: The Hawaii HPV Cohort Study
Cross-sectional study of HPV-16 infection in a population-based subsample of Hispanic adults
国立がん研究センター 検診の科学的根拠