「予防接種後進国なんですよ」と、書いたり言ったりするときは、その構造や背景を理解しておく必要があります。
そうしないと厚労省批判をして終わってしまうからです。
厚労省は他の省庁と違い、同じ医療者が働いているところであります。
予防接種の重要性を理解していないわけではなく、その人たちだけでは難しい構造について理解し、改善のためのパスを皆で共有しながらとりくんでいく必要があります。
地域についても同様です。うちの自治体はだめだなあ・・・とダメを納得する理由や言い訳をさがすよりは、どうしたら他の自治体のような取り組みができるのだろうと策を練るほうが有益です。
国レベルの問題を考える際に、下記のような現状を知っておく必要があります。MRICからの転載です。
なぜ「総務省」が出てくるのか。
たとえば、どうして、小児専門病院を受診しているご家庭は地元なら公費のワクチンを自費で接種しないといけないのか。そのあたりの理解が深まります。
高畑さんは、お子さんが細菌性髄膜炎になった経験から、国にたいして予防接種制度改善の取り組みをされてきた方です。
2010年 ロハスメディカル
村重直子の眼4 高畑紀一・細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会事務局長
見やすくするために改行したり、文字強調は編集部の勉強ノート作業です。
もとの文章にはありません。
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予防接種制度改革〜残るは政治の領域〜
+Action for Children 代表 高畑 紀一
2013年2月27日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行
http://medg.jp
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1月27日、厚生労働、財務、総務の3大臣による折衝が行われ、2013年度からヒブ、小児用肺炎球菌、HPV(ヒトパピローマウイルス)の3ワクチンを定期接種とすること、その費用の9割を公費負担とすること等が確認されたとの報道がなされた。29日には各地方自治体宛に厚生労働省並びに総務省から、「9割公費負担」に係る事務連絡が発出された。これらの内容からわかることは、
・ヒブ、小児用肺炎球菌、HPVが定期接種となること
・新たに追加する3ワクチンを加えた全ての定期接種の費用の9割を公費負担とすること
・9割の公費負担は、普通交付税措置を講じることで実現すること
である。
「9割公費負担」の中身は、住民税年少扶養控除廃止による増税分を予防接種の財源にあて、それでも予防接種費用の9割に満たない部分を地方交付税で補う、というもの。これを「9割公費負担」と呼ぶのが妥当なのかどうか、疑問を抱かれる方も少なくないと思われるが、本文ではこの点はふれるつもりはない。
寧ろ、本来であればその使途は各自治体の裁量に委ねられる
年少扶養控除廃止による増税分を、予防接種費用に充てるとしたこと、また9割に満たない部分とはいえ
地方交付税の額自体は増えるであろうことが予想されること、新たな3ワクチンだけではなく、従来からの定期接種にかかる費用も「9割公費負担」の対象としていること等、行政の裁量として最大限の「ギリギリ」の線で決着したことに驚きを感じている。
この大きな決断のために、冒頭の3大臣の折衝が不可欠であったのだろう。
ある意味、立法府では無い行政が、現行の枠組みの中で発揮しうる、最大限の裁量を発揮したと評価すべきであろう。
ただし、このスキームは、あくまでも現行の制度内での弥縫策に過ぎない。
厚生労働省の予防接種部会が定期接種化することが望ましいとした、水痘、ムンプス、B型肝炎、成人の肺炎球菌の4つのワクチンや、保護者の希望が高まっているロタウイルスワクチンの定期接種化には到底、対応できるとは思えない。
これらのワクチンの定期接種化を実現しなければ、ワクチン後進国脱却は成しえない。
行政の裁量の枠内で講じ得る弥縫策を超える対応が、不可欠だ。
【政治に残された課題その1:財源確保策】
今回の9割公費負担を支える前提は「年少扶養控除の廃止分による増税分」を予防接種の費用に充てることにある。
しかし、この増税分は額が増加する性質のものでは無く、新たなワクチンの定期接種化に伴う予算増には対応できない。
9割に満たない部分を補てんする地方交付税についても、使途が限定された「ひもつき」のお金では無く、また、ひっ迫する国及び地方自治体の財政状況なども勘案すると、予算増に対応しきれるとは予想しがたい。
そもそも、地方交付税不交付団体では「9割公費負担」は何ら保障されるものではなく、「年少扶養控除の廃止分による増税分を予防接種費用に充てなさい」といわれているに過ぎない。
一部では年少扶養控除の復活という動きもあるとの話があり、その場合にはこれらの前提そのものが崩れ去ってしまう。 到底、今回のスキームが予防接種の財源として適切だとは言えないだろう。
そこで、定期接種の費用の確保策を講じる必要があるのだが、私の私見では、次の2つにその策は絞られてくると考えている。
1.全額、国の負担とする(国の直轄事業とする)
2.健康保険の給付とする
今回、このふたつの策についての説明は敢えて省くが、いずれの策をとるにしても、いずれかの法改正は避けられないものである。
「1」であれば実施主体を地方自治体では無く国の事業とする「大政奉還」が必要となるし、「2」であれば各保険者の説得はもちろんのこと、予防を健康保険の給付とするという健康保険制度の大幅な方向転換が必要となる(個人的には、ニコチン依存症管理、肺血栓塞栓症予防管理、生活習慣病管理等の保険適用があるのだから、既に予防が健康保険の給付となっている面があると考えている)。保険給付では無くても、メタボ健診の様に保険者の義務としての事業に位置付ける方策もあると思われるが、これも法による対応が不可欠である。
法改正は立法府の仕事であり、定期接種の費用の確保策がこれらのいずれかしかないとすれば、財源確保は立法府、つまりは国会の仕事であり政治家の仕事である、ということになる。
行政府の裁量における財源確保策では限界があることは、今回のスキームをみるまでもなく明らかだったものであり、国会は速やかにこの課題に取り組み答えを出す必要がある。
【政治に残された課題その2:日本版ACIP】
今回の「3ワクチン」という優先順位、そして、予防接種部会の議論におけるロタウイルスワクチンの位置付けから、我が国における日本版ACIPというべき評価・検討組織の不在の影響が伺える。
現在、予防接種部会を発展改組して、評価検討組織のスタートとする方向での議論が予防接種部会で進められている。
これ自体は、現状からみればひとつの前進ではあるが、しかしながらその役割が限定的なものに留まるであろうことも十二分に予想される。
その一つの証左が、「3ワクチンが優先」という今回の予防接種改正法案の内容である。
3ワクチンが優先される理由は、他の4ワクチンよりも医学的な優先度が高いからではない。既に公費負担により全国的に多くの自治体が無料で接種している実態が優先されているに過ぎない。
予防接種部会の提言内容からもそのことは明らかである。
そして、3つと4つにワクチンを分けざるを得ない最大の理由、それは「財源」に他ならない。要は、財源が確保できないから、3つが優先されているに過ぎないのだ。
予防接種部会は厚生労働省内の審議会に設置された部会であり、財務省や総務省の管轄する領域にまで踏み込む権限は有していない。
このため、財源の確保策に踏み込むことができず、厚生労働行政の裁量の枠内でしか予防接種制度改革を推進できないという限界を呈しているといえよう。
また、評価・検討組織不在であるが故に、ロタウイルスワクチンの優先度評価が7つのワクチンより低いものとなっている。
現在の優先度評価のもととなっているのは、2年以上前に故・神谷齋先生を中心に取りまとめた「ファクトシート」である(今振り返っても本当に素晴らしい仕事であったと思う)。残念ながら、当時はロタウイルスワクチンは市場に登場していない。
しかし、その後にロタウイルスワクチンが登場し、接種実績の蓄積も順調に進んでいるにも拘らず、本格的な評価の対象となったのはごく最近のことである。
つまり、評価・検討組織が無いが故に、ロタウイルスワクチンが評価・検討の対象として取り上げられない時間が長時間続いてしまった、という結果が現在の優先度評価の低さにつながっているといえよう。
今後、新たなワクチンが登場するたびに、同様のラグが繰り返されることが予想されるものであり、評価・検討組織の構築は喫緊の課題であるといえる。
【残るは政治の領域】
今回の3大臣折衝が不可欠であったように、現行の予防接種は総務・財務・厚生労働の3つの省にまたがる事業となっている。
この枠組みを変えないのであれば、評価・検討組織がその役割を十分に発揮するためには設置場所は3省の外側に設けなければいけない。
現状の予防接種部会を発展改組する案では、評価・検討組織に期待される役割は十分に発揮できないであろう。この事は、期せずして今回の予防接種法改正案が示した限界からも明らかである。
3省の外に組織を作るとなると、これもまた行政の裁量を超えた政治が果たすべき仕事となる。
逆に、現在の厚生労働省内に評価・検討組織を置いたままでその期待される役割を十二分に発揮させる為には、現在の3省にまたがる予防接種事業を厚生労働省に集約しなければならない。実施は市町村では無く国の直轄とする、財源は健康保険給付とする、といった厚生労働省内でほぼ完結する事業としなければならない。
しかし、3省にまたがる予防接種事業の在り方を変えていくのも、これまた政治が取り組まなければ成しえない領域である。
評価・検討組織の構築と財源の確保、このふたつは予防接種制度改革を実りあるものとし、ワクチン後進国の汚名を返上するため残された大きな課題である。
そして、この課題に取り組み答えを提示できるのは、政治である。
課題を解消しなければ、常に更新されていく感染症とワクチン・予防接種の世界からは取り残され、ワクチンギャップの解消は望めない。
専門家はワクチンの有用性・安全性を評価し、臨床医は患者への安全な接種と啓発、メディアや患者団体・市民団体も情報提供、啓発に努め、行政も持てる裁量の中で可能な限りの対応をとってきた。
残されているのは、政治の場での議論と速やかな決断である。
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