厚労省のB型肝炎会議の話の延長です。
ある特定の原因でB型肝炎が拡大したとするならば、その仮説の妥当性と検証が必要になります。
ヒアリングやアンケートなどは記述疫学を展開していく際に重要でありますが、感染症の流行についてもっとも科学的に明確な根拠となるのは「遺伝子情報」です。
これを用いての分子疫学が重要です。
日本における広がりを把握するために不可欠。
【第44回小島三郎記念文化賞】
「肝炎ウイルスの分子医学的研究とその応用」(モダンメディア 2009年)
ウイルスのタイプ、地理的に、年齢的に偏りがあるのかどうかということも図示できるようになります。全員を調べる必要はありませんが、発生動向として把握する事は可能です。
B型肝炎は遺伝子情報をもとに分類されています。
そして、地理的分布が国や大陸によって異なることもわかっています。
日本やアジアに元々多いのはBとCといわれています。
途中から欧米型といわれるAが増えてきています。
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わが国におけるB型急性肝炎の現状(IASR 2006.9)
"どの年代においてもB型急性肝炎においては2〜3割は外国型であることがわかる。
中でも特徴的なのは1995年までは稀であったHBV/Aeの割合が近年増加していることである。
一方、HBVgenotype別の感染ルートを可能な範囲で問診により調査を行ってみると、いずれも性行為による感染が主体であったが、HBV/BやCでは同性間性交渉による感染を認めず、HBV/Aでは10〜15%が同性間性交渉による感染であった。
これらの結果は従来の報告と同様であり、わが国におけるB型急性肝炎の特徴をまとめると、(1)慢性肝炎と比べ外国型の割合が高く、特にHBV/Aeが多い。(2)HBV/Aeが近年増加傾向で特に都市部でその傾向を認める。(3)同性間性交渉による感染がHBV/Aeに多い"
献血者におけるHBV陽性率の動向とB型肝炎感染初期例のHBV遺伝子型頻度(IASR 2006.9)
"NATスクリーニングで検出された遺伝子型Aのほぼ全例が男性であるのも興味深い。"
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Aそのものが増えているのか(新の増加なのか)、Aに感染する人が検査や診断を受けやすい環境にいるからなのか、その数字の特性は別途考えないといけません。
この遺伝子型を判定する検査が保険で認められたので、検査が増えて、診断数が増えたというような影響も受けやすいです。
最近はジェノタイプAが話題になっていますが、先にDをみてみましょう。
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肝炎に詳しいサイト「続・肝炎十話」より
1970年代に皮膚の発疹を主徴とする「ジアノッティ病」が松山市の小児に集団発生し、愛媛県の中心部に広がりました。
殆どの患者で血液中に日本では滅多に見られないサブタイプがaywのHBs抗原が見つかりました。
約20年後に、塩基配列を測定できるようになって、全員がゲノタイプDのHBVに感染していたことが判明しました。
現在も愛媛県を中心として千人ほどがゲノタイプDのHBVに持続感染していると考えられています。ごく最近、関東地方にも数名のゲノタイプD感染者が発見されましたので、全国的拡散に対する注意が必要です。
日本でのゲノタイプDの起源についてですが、貴重な歴史的研究の結果、意外な事実が判明しました。日露戦争(明治三十七・八年戦役と云われていますから、100年以前のことになります)で戦傷したロシアの兵士を療養する目的で、松山に専門病院が開設されました。捕虜とはいっても、かなり自由な行動が許可されていて、温泉にも浸かっていたそうです。HBVゲノタイプの系統発生学的な解析から、小児のジアノッティ病をきっかけとして松山市に広まったゲノタイプD感染は、100年以前に当地で療養していたロシア人戦傷兵が起源であろう、と推測されています。
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上記の愛媛については、厚労省科学研究補助金事業で行われた研究に詳しいです。
「本邦におけるB型肝炎ゲノタイプDの拡散速度と拡散防止に関する分子疫学的研究」
"本研究では外来株と推定されるB型肝炎ウイルスゲノタイプD(HBV/D)の四国北西部への侵入時期と拡散時期、その由来を明らかにするとともに、感染経路ならびに現在地理的にどこまで拡散しているかを明らかにし、拡散防止対策の基礎データを得ることを目的とした。
HBV持続感染者509例、初感染B型急性肝炎44例を対象にHBVゲノタイプを測定した。
更に、HBV/D感染例19例より採取された血清20検体からDNAを採取し、全塩基配列を決定し、分子進化学的手法を用いて変異速度および同地域への侵入時期・拡散時期を推定した。
同地域のゲノタイプ別頻度はA-Dの順に1.7%、6.6%、77.4%、14.3%であった。分子系統樹では、20株はclusterを形成し、ロシアと北ヨーロッパからのHBVに類縁株がみられた。
分子疫学解析により、侵入は約100年前、拡散開始は1940年台、急速な拡散は1970年台と算定された。系統樹の起点が約100年前であること、ロシア、北ヨーロッパ株に類似した配列であることと、当地域の歴史を重ねて考察すると、日露戦争に関連した人の移動がHBV/D侵入の要因と推定された。
持続感染者に占めるHBV/Dの割合は、愛媛中予で10.9%、東予で0.8%、南予で0.8%であった。急性肝炎においてはHBV/Dは全B型急性肝炎の21.7%を占めた。
感染経路はgenotypeにかかわらず、性感染が大半を占めた。
以上より、北四国のHBV/Dは約100年前に侵入し、1970年台に急速に拡散したこと、その由来はロシアからであることが推察された。HBV/D感染の拡散は、愛媛県中部が主体で、現在のところ他地区では低頻度であったが、他地区での侵淫状況についても今後検討する必要がある。感染経路は性感染が主体であり、性感染を防止する対策が必要と判断された。"
水平感染拡大に寄与する因子が複数あるのはもはや常識でありますから、その中でどれくらい予防接種で説明がつくのか、判断根拠は何か? ということになります。
【関連情報】
Identifying a hepatitis B outbreak by molecular surveillance: a case study BMJ 2006;332:343
イギリスの代替療法クリニックでおきたB型肝炎のアウトブレイク。
自分の血液を浄化してそれを体内に戻すという方法を提案し、そこで肝炎が広がったという話。このような施設では医療機関のような最適の感染対策は行われていないリスクが啓発されました。
Molecular epidemiology of a large outbreak of hepatitis B linked to autohaemotherapy. Lancet 2000, 356(9227):379-384
Eurosurveilanceでも報告
日本でもやっているんですね。HIVやB型C型肝炎のウイルス抑制効果やがんの補充療法と記載があります。そのようなエビデンスを見たことがありません。
B型肝炎については来年、上海で会議があります。スカラシップもあります。関心ある方はぜひチャレンジしてみてください
2013 International Meeting on Molecular Biology of Hepatitis B Viruses
October 20-23, 2013
ある特定の原因でB型肝炎が拡大したとするならば、その仮説の妥当性と検証が必要になります。
ヒアリングやアンケートなどは記述疫学を展開していく際に重要でありますが、感染症の流行についてもっとも科学的に明確な根拠となるのは「遺伝子情報」です。
これを用いての分子疫学が重要です。
日本における広がりを把握するために不可欠。
【第44回小島三郎記念文化賞】
「肝炎ウイルスの分子医学的研究とその応用」(モダンメディア 2009年)
ウイルスのタイプ、地理的に、年齢的に偏りがあるのかどうかということも図示できるようになります。全員を調べる必要はありませんが、発生動向として把握する事は可能です。
B型肝炎は遺伝子情報をもとに分類されています。
そして、地理的分布が国や大陸によって異なることもわかっています。
日本やアジアに元々多いのはBとCといわれています。
途中から欧米型といわれるAが増えてきています。
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わが国におけるB型急性肝炎の現状(IASR 2006.9)
"どの年代においてもB型急性肝炎においては2〜3割は外国型であることがわかる。
中でも特徴的なのは1995年までは稀であったHBV/Aeの割合が近年増加していることである。
一方、HBVgenotype別の感染ルートを可能な範囲で問診により調査を行ってみると、いずれも性行為による感染が主体であったが、HBV/BやCでは同性間性交渉による感染を認めず、HBV/Aでは10〜15%が同性間性交渉による感染であった。
これらの結果は従来の報告と同様であり、わが国におけるB型急性肝炎の特徴をまとめると、(1)慢性肝炎と比べ外国型の割合が高く、特にHBV/Aeが多い。(2)HBV/Aeが近年増加傾向で特に都市部でその傾向を認める。(3)同性間性交渉による感染がHBV/Aeに多い"
献血者におけるHBV陽性率の動向とB型肝炎感染初期例のHBV遺伝子型頻度(IASR 2006.9)
"NATスクリーニングで検出された遺伝子型Aのほぼ全例が男性であるのも興味深い。"
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Aそのものが増えているのか(新の増加なのか)、Aに感染する人が検査や診断を受けやすい環境にいるからなのか、その数字の特性は別途考えないといけません。
この遺伝子型を判定する検査が保険で認められたので、検査が増えて、診断数が増えたというような影響も受けやすいです。
最近はジェノタイプAが話題になっていますが、先にDをみてみましょう。
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肝炎に詳しいサイト「続・肝炎十話」より
1970年代に皮膚の発疹を主徴とする「ジアノッティ病」が松山市の小児に集団発生し、愛媛県の中心部に広がりました。
殆どの患者で血液中に日本では滅多に見られないサブタイプがaywのHBs抗原が見つかりました。
約20年後に、塩基配列を測定できるようになって、全員がゲノタイプDのHBVに感染していたことが判明しました。
現在も愛媛県を中心として千人ほどがゲノタイプDのHBVに持続感染していると考えられています。ごく最近、関東地方にも数名のゲノタイプD感染者が発見されましたので、全国的拡散に対する注意が必要です。
日本でのゲノタイプDの起源についてですが、貴重な歴史的研究の結果、意外な事実が判明しました。日露戦争(明治三十七・八年戦役と云われていますから、100年以前のことになります)で戦傷したロシアの兵士を療養する目的で、松山に専門病院が開設されました。捕虜とはいっても、かなり自由な行動が許可されていて、温泉にも浸かっていたそうです。HBVゲノタイプの系統発生学的な解析から、小児のジアノッティ病をきっかけとして松山市に広まったゲノタイプD感染は、100年以前に当地で療養していたロシア人戦傷兵が起源であろう、と推測されています。
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上記の愛媛については、厚労省科学研究補助金事業で行われた研究に詳しいです。
「本邦におけるB型肝炎ゲノタイプDの拡散速度と拡散防止に関する分子疫学的研究」
"本研究では外来株と推定されるB型肝炎ウイルスゲノタイプD(HBV/D)の四国北西部への侵入時期と拡散時期、その由来を明らかにするとともに、感染経路ならびに現在地理的にどこまで拡散しているかを明らかにし、拡散防止対策の基礎データを得ることを目的とした。
HBV持続感染者509例、初感染B型急性肝炎44例を対象にHBVゲノタイプを測定した。
更に、HBV/D感染例19例より採取された血清20検体からDNAを採取し、全塩基配列を決定し、分子進化学的手法を用いて変異速度および同地域への侵入時期・拡散時期を推定した。
同地域のゲノタイプ別頻度はA-Dの順に1.7%、6.6%、77.4%、14.3%であった。分子系統樹では、20株はclusterを形成し、ロシアと北ヨーロッパからのHBVに類縁株がみられた。
分子疫学解析により、侵入は約100年前、拡散開始は1940年台、急速な拡散は1970年台と算定された。系統樹の起点が約100年前であること、ロシア、北ヨーロッパ株に類似した配列であることと、当地域の歴史を重ねて考察すると、日露戦争に関連した人の移動がHBV/D侵入の要因と推定された。
持続感染者に占めるHBV/Dの割合は、愛媛中予で10.9%、東予で0.8%、南予で0.8%であった。急性肝炎においてはHBV/Dは全B型急性肝炎の21.7%を占めた。
感染経路はgenotypeにかかわらず、性感染が大半を占めた。
以上より、北四国のHBV/Dは約100年前に侵入し、1970年台に急速に拡散したこと、その由来はロシアからであることが推察された。HBV/D感染の拡散は、愛媛県中部が主体で、現在のところ他地区では低頻度であったが、他地区での侵淫状況についても今後検討する必要がある。感染経路は性感染が主体であり、性感染を防止する対策が必要と判断された。"
水平感染拡大に寄与する因子が複数あるのはもはや常識でありますから、その中でどれくらい予防接種で説明がつくのか、判断根拠は何か? ということになります。
【関連情報】
Identifying a hepatitis B outbreak by molecular surveillance: a case study BMJ 2006;332:343
イギリスの代替療法クリニックでおきたB型肝炎のアウトブレイク。
自分の血液を浄化してそれを体内に戻すという方法を提案し、そこで肝炎が広がったという話。このような施設では医療機関のような最適の感染対策は行われていないリスクが啓発されました。
Molecular epidemiology of a large outbreak of hepatitis B linked to autohaemotherapy. Lancet 2000, 356(9227):379-384
Eurosurveilanceでも報告
日本でもやっているんですね。HIVやB型C型肝炎のウイルス抑制効果やがんの補充療法と記載があります。そのようなエビデンスを見たことがありません。
B型肝炎については来年、上海で会議があります。スカラシップもあります。関心ある方はぜひチャレンジしてみてください
2013 International Meeting on Molecular Biology of Hepatitis B Viruses
October 20-23, 2013