この法律は医療者の行動に大きな影響があります。法案について「よまなかった」「しらなかった」ではすまないことも。
2012年3月2日「新型インフルエンザ対策のための法制に関する会長声明」
日本弁護士連合会 HP掲載
2012年3月22日「新型インフルエンザ等対策特別措置法案に反対する会長声明」
日本弁護士連合会 HP掲載
22日の声明を見てみましょう。(以下、色や段落レイアウトの変更は本編集部によるもの)
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本法案には、検疫のための病院・宿泊施設等の強制使用(29条5項)、臨時医療施設開設のための土地の強制使用(49条2項)、特定物資の収用・保管命令(55条2項及び3項)、医療関係者に対する医療等を行うべきことの指示(31条3項)、指定公共機関に対する総合調整に基づく措置の実施の指示(33条1項)、多数の者が利用する施設の使用制限等の指示(45条3項)、緊急物資等の運送・配送の指示(54条3項)という強制力や強い拘束力を伴う広汎な人権制限が定められている。
このような人権制限は、その目的達成のために必要な最小限度にとどめられなければならないことはいうまでもないが、本法案においては、その必要性の科学的根拠に疑問がある上、人権制限を適用する要件も、極めて曖昧である。
すなわち、本法案の多くの人権制限の前提となる「新型インフルエンザ等緊急事態宣言」の要件は、「新型インフルエンザ等(国民の生命及び健康に著しく重大な被害を与えるおそれがあるものとして政令で定める要件に該当するものに限る。以下この章において同じ。)が国内で発生し、その全国的かつ急速なまん延により国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼし、又はそのおそれがあるものとして政令で定める要件に該当する事態」とされ、具体的要件は政令に委任し、法律上は抽象的な定めがなされるにとどまっている。政府の新型インフルエンザ対策行動計画(2011年9月20日)によれば、新型インフルエンザの被害想定の上限値は、受診患者数2500万人、入院患者数200万人、死亡患者数64万人という極めて大規模なものとされ、このような被害想定が、『万が一に備える』との考え方により安易に用いられれば、本法案の上記要件を充足するものとたやすく判断されてしまうおそれがある。そもそも、この被害想定は、1918年(大正7年)に発生したスペインインフルエンザからの推計であるが、当時と現在の我が国の国民の健康状態、衛生状況及び医療環境の違いは歴然としており、こうした推計に基づく被害想定が科学的根拠を有するものといえるのか疑問である。
また、新型インフルエンザ等緊急事態宣言に当たり定められる緊急事態措置の実施期間の上限を2年(32条2項)とし、更に1年の延長が可能としている(同条3項)ことは、その人権制限の内容に照らして、長きに過ぎる。宣言後に緊急事態措置を実施する必要がなくなったときには速やかに解除宣言をするとされているが(同条5項)、これらの判断を政府に委ねるのみでは全く不十分である。新型インフルエンザ等緊急事態宣言には国会の事後承認を要するものとするとともに、期間の上限はより短いものとし、国会の事前承認を延長の要件とすべきである。
さらに、個別の人権制限規定にも、多くの問題がある。
特に、多数の者が利用する施設の使用制限等(45条)は、集会の自由(憲法21条1項)を制限し得る規定であるが、その要件は、「新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため必要があると認めるとき」(45条2項)という抽象的かつ曖昧なものであり、その対象も、「政令で定める多数の者が利用する施設」とされているのみで、極めて広範な施設に適用可能な規定となっている。
他方で、一時的な集会などを制限することが感染拡大の防止にどの程度効果があるのかについては十分な科学的根拠が示されておらず、効果が乏しいとの意見もあるところであり、制限の必要性にも疑問がある。そのため、感染拡大の防止という目的達成に必要な最小限度を超えて集会の自由が制限される危険性が高い。
また、指定公共機関に対する総合調整に基づく措置の実施の指示(33条1項)は、日本放送協会(NHK)が指定公共機関とされ(2条6号)、民間放送事業者も政令により指定公共機関とされ得る(同号)ことから、これら放送事業者の報道の自由(憲法21条1項)を制限し得る規定であるが、その要件である「第20条第1項の総合調整に基づく所要の措置が実施されない場合」にいう総合調整の内容は全く不明確であり、また、なし得る指示の内容についても、「必要な指示をすることができる」とされ、具体的な限定は全くなされていない。表現の自由に対する規制が可能な条文としては、曖昧に過ぎるといわざるを得ない。むしろ、本法案の適用により国民の人権が広範囲に制約されることに鑑みれば、法適用の根拠及び各措置の結果等については随時全面的に情報開示を行い、専門家らを含む第三者が広く検証できるようにすべきである。
当連合会は、去る3月2日の会長声明で、本法案に先立って公表された「新型インフルエンザ対策のための法制のたたき台」に対し、2009年に発生したA型H1N1型インフルエンザに対し、その危険性が不明な時点で「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」上の「新型インフルエンザ等感染症」に該当するとし、その危険性が季節性インフルエンザと同程度であることが判明した後も適用を続けられたという経緯にも鑑み、新型インフルエンザ特措法についても、その拡大適用が懸念されることを指摘して、慎重な検討を求め、性急な立法を目指すことに反対を表明した。しかるに、本法案は、上記のとおり、科学的根拠に疑問がある上、人権制限を適用する要件も極めて曖昧なまま、各種人権に対する過剰な制限がなされるおそれを含むものである。
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医療者も意見を発表しています。
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「国会議員の皆様へ:新型インフルエンザ特措法案は慎重な審議を」亀田総合病院 小松 秀樹
2012年3月22日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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1. 新型インフルエンザ特措法は基本的人権の制限を伴う
特措法が施行されると、個人の財産の強制使用、医師に対する行政による強制的な業務従事、集会の禁止、土地の強制使用、特定物資の収用、物価統制などの権限が政府に付与されます。基本的人権が制限されることになります。物資を隠すと6か月以下の懲役まで可能になります。
疾病対策は、実質的指揮者が、科学的根拠に基づいて、判断・行動できる能力を持つことが重要になります。残念ながら、厚労省の医系技官は、役人であり、医師としての知識が不足しています。しかも科学的認識ではなく、法に基づいて行動しなければなりません。新型インフルエンザ対策を指揮するポストに就いていることと、その人が専門的能力を持つことは別問題です。科学は能力を重視し、法はポストを重視します。CDC(アメリカ疾病予防管理センター)は医師主導です。科学的知識のない人間が権力を振り回すと、2009年の新型インフルエンザ騒動のように、人権侵害が生じるだけでなく、インフルエンザ対策が不適切になります。
ナチスドイツでは、国家犯罪に医師が加担しました。反省から、ジュネーブ宣言(医師の倫理規範)は、医師の言葉や行動が、命令ではなく、個人の判断に基づくことを基本にしています。科学的合理性なしに、強制力で医師を働かせようとすると、大きなトラブルが生じます。
2. 公共の福祉と人権の利益衡量がなされていない
人権を制限するには、公共の福祉と人権の間で利益衡量を行わなければなりません。『立憲主義と日本国憲法』(高橋和之、有斐閣)によれば、通常、この利益衡量は目的・手段審査という思考の枠組みで行われます。人権を制限する合理的理由があるかどうか検討しなければいけないのです。インフルエンザに対する検疫は、科学的合理性がありません。
3. 2009年の新型インフルエンザ騒動
2009年のインフルエンザ騒動では、当初からWHOの専門家は、「封じ込めは不可能であり、検疫は有用ではない」と何度も指摘していました。あえて人権制限を行うべき合理的理由はなかったのに、日本では検疫により人権が侵害されました。
行政が不適切な事務連絡を連発したにもかかわらず、医師は適切に対応したと思います。具体例を挙げると、厚労省は、確定診断のための検査を海外渡航者に限定していました。日本における新型インフルエンザを最初に発見したのは、この指示に抵抗して検査を実施した神戸の開業医でした。
4. 行政が法案を通すため策を弄した
平成24年、1月にパブコメで公開された文書量は、わずか2ページでした。 3月9日に国会提出された新型インフル法律案は、147ページ。政府は国民に対して、膨大な量の情報(人権問題等)を隠していました。
3月は、日本医師会と日本弁護士会が共に会長選挙で動けません。この時期に法案を大慌てで通そうとしています。
5. 新型インフルエンザ特措法案は警察主導
厚労省の法令事務官がしり込みしたものを、伊藤哲朗前内閣危機管理監(元警視総監)が、震災対応より、本法案に熱心に取り組み、法制化を強引に進めたと情報が寄せられています。現在の担当者の杉本孝内閣参事官も、警察庁出身です。医療についての知識を持たない警察が、インフルエンザ対応の立法を主導することは、文明国ではあり得ないことです。
6. 慎重審議は今からでも遅くない
私は、何名かの医師免許を持つ議員と意見交換をしました。多くは反対意見を持っていましたが、手続きが進んでおり今更覆せないと声を揃えました。しかし、この法案は、日本国憲法と医師の倫理規範であるジュネーブ宣言に違反する可能性が高いのです。前述の、公共の福祉と人権の間での利益衡量が十分になされていません。議論が尽くされていません。
行政の言いなりになるのならば、国会の存在意義が疑われます。各政党の政策責任者は、歴史に汚名を残すことになります。憲法に抵触する可能性があるとすれば、踏みとどまって議論を尽くすべきです。
参考文献
1)井上清成:「新型インフルエンザ対策のための法制のたたき台」に対する意見 −医師への従事命令や違反への罰則は不要−. MRIC by 医療ガバナンス学会Vol. 386, 2012年1月30日.http://medg.jp/mt/2012/01/vol386.html#more
2)小松秀樹:インフルエンザ特措法は社会を破壊する. MRIC by 医療ガバナンス学会Vol. 435, 2012年3月16日.http://medg.jp/mt/2012/03/vol435.html#more
3)小松秀樹:新型インフルエンザに厚労省がうまく対応できない理由.MRIC by 医療ガバナンス学会Vol. 129, 2009年6月5日. http://medg.jp/mt/2009/06/-vol-129.html#more
4)小松秀樹:「岡っ引」日本医師会.MRIC by 医療ガバナンス学会Vol. 33, 2010年2月2日.
http://medg.jp/mt/2010/02/-vol-33-1.html#more
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「インフルエンザ特措法は社会を破壊する」 亀田総合病院 小松 秀樹
2012年3月16日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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新型インフルエンザ等対策特別措置法案(以下、特措法案)は、「新型インフルエンザ等緊急事態措置その他新型インフルエンザ等に関する事項について特別の措置を定めることにより」「国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済に及ぼす影響が最小となるようにすることを目的とする」(第1条)。特措法案は、この目的を達成するために、行政に大きな権限を与えるものである。
特措法案では、検疫、停留措置を行うことが前提とされている。停留措置のための施設が足りない場合、所有者の同意が得られない場合でも、特定検疫所長は空港などの周辺の施設を使用することができる(第29条)。
さらに、政府対策本部長が日本への船舶や飛行機の来航を制限することを要請する権限(第30条)、
厚生労働大臣及び都道府県知事が医療関係者にインフルエンザに関する医療を行うよう指示する権限(第31条)、
都道府県知事が、集会可能な施設の管理者に対し、施設の使用や集会の停止を指示する権限(第45条)、
土地使用の必要があれば、所有者の同意が得られない場合でも、都道府県知事が土地を使用する権限(第49条)、
緊急物資の運送又は医薬品等の配送を行うべきことを行政機関の長が業者に対し指示する権限(第54条)、
都道府県知事が特定物資を収用する権限(第55条)など、憲法に抵触するような強大な権限を行政に与えるものである。
権限を与えるだけでなく、重要な物資やサービスの価格が高騰したり、供給不足が生じたりするおそれがあるときは、買占め、売り惜しみに対する緊急措置に関する法律、物価統制令などによる適切な措置を講じなければならない(第59条)
として、権限の行使を命じている。これでは、戒厳令に近い。
この法律は、幻想の上に成立している。国に強大な権限を与えると、インフルエンザから国民を守ることができるという幻想である。国家にはそのような能力がないことは、2009年の新型インフルエンザ騒動が十分に示している。権限が大きくなればなるほど、混乱が大きくなる。
一目で分かる特異な症状がなく、無症状の潜伏期間がある疾患の侵入を、検疫によって阻止したり遅らせたりすることなど到底できることではない。
2009年の新型インフルエンザ騒動では、成田空港において、2009年4月28日から、6月18日までの52日間で、346万人を検疫して、10名の患者を発見した。大型コンピューターを使ったシミュレーションでは、 空港で8名の患者が発見される間に、感染者100名が通過していると推定された(文献1)。
問題の本質は、行政が科学を扱えないことにある(文献2)。行政は、法に基づいた組織であり、事実の認識ではなく、規範が優先される。
日本の2009年の新型インフルエンザへの対応は、規範優先で現実に基づいていなかった。危機を煽って、世界の専門家の間で無意味だとされていた“水際作戦”を強行した。“水際作戦”の遂行を規範化して、冷静な議論を抑制した。意味のない停留措置で人権侵害を引き起こし、日本の国際的評価を下げ、国益を損ねた。
医療現場のガウンテクニックの原則を無視して、防護服を着たまま複数の飛行機の機内を一日中歩きまわった。これによって、インフルエンザを伝播させた可能性さえある。知人の看護師は“徴集”されて、病院業務の代わりこの無意味な業務に従事させられた。ガウンや手袋の使い方を見て、唖然としたという。検疫の指揮を執った厚労省の担当官に、非常時だから、医療現場の常識と異なっても黙っているように言われたという。彼らも、水際作戦が役に立たないことを知っていたのではないか。インフルエンザの防止ではなく、義務を果たしたというアリバイ作りが目的だったのではないか。言い換えれば、現実より規範が医系技官を動かしたように見える。
関西圏での新型インフルエンザの発生で「舞い上がった」担当者たちは、実質的に強制力を持った現実無視の事務連絡を連発し、医療現場を疲弊させた。行政発の風評被害で、関西圏に大きな経済的被害をもたらした。感染拡大後の対応についての議論まで抑制し、対策を遅らせた。
厚労省の医系技官の思考と行動は、大戦時の日本軍を思わせる。レイテ、インパール等々、現実と乖離した目標を規範化することで、膨大な兵士を徒に死に追いやった。行政が、規範によって、インフルエンザを抑え込もうとすれば、壊れた巨大なロボットのような乱暴な動きで、人権を蹂躙し、国際交通、物流、医療制度を機能不全にしてしまう。
特措法案は、危機を煽って国民の権利を制限することにおいて、治安維持法に似ている。日本の厚生労働省は旧内務省に由来する。警察も内務省の管轄下にあった。特措法案には、厚労省の法令事務官ではなく、警察官僚が関与したと政府筋から伝わってきた。
日本弁護士連合会は、2012年3月2日、新型インフルエンザ対策のための法制に関する会長声明を発表し、「科学的な根拠が不十分なまま、各種人権に対する過剰な制約を伴うものとならないよう政府に求めるとともに、上記問題点を十分に検討することなく性急な立法を目指すことには反対する」と懸念を表明した。
日本国憲法は、国家権力を制限して、個人の尊厳を守るという基本構造を持っている。これは、立憲主義とよばれ、近代憲法の基本的な考え方である。憲法は公務員に憲法擁護義務を負わせているが、一般国民には負わせていない。人権を侵すのは公権力であり、憲法は国民に戦えと命じている。すなわち、憲法12条前段は「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」としている。
近代憲法は、アメリカ独立戦争、フランス革命を通じて形成された。アメリカ独立宣言の起草者であるトマス・ジェファーソンの下記認識は、厚労省の医系技官の行動を見る限り、現代でも現実的な意味を持つ。
「われわれの選良を信頼して、われわれの権利の安全に対する懸念を忘れるようなことがあれば、それは危険な考え違いである。信頼はいつも専制の親である。自由な政府は、信頼ではなく、猜疑にもとづいて建設せられる。われわれが権力を信託するを要する人々を、制限政体によって拘束するのは、信頼ではなく猜疑に由来するのである。われわれ連邦憲法は、したがって、われわれの信頼の限界を確定したものにすぎない。権力に関する場合は、それゆえ、人に対する信頼に耳をかさず、憲法の鎖によって、非行を行わぬように拘束する必要がある。」(法律学全集『憲法』pp.90, 1776年. ウィキペディアからの孫引き)
私は、かつて、新型インフルエンザについて、二つの文章を書いた(文献3、4)。2009年の新型インフルエンザ騒動のさなかに書いた文章を、特措法案についての議論のために再掲する。
<参考文献>
1.H. Sato, H. Nakada, R. Yamaguchi, S. Imoto, S. Miyano and M. Kami.: When should we intervene to control the 2009 influenza A(H1N1) pandemic?. Euro Surveillance, 15(1):pii=19455. 2010.)http://www.eurosurveillance.org/ViewArticle.aspx?ArticleId=19455
2.小松秀樹:行政から科学を守る. MRIC by 医療ガバナンス学会Vol. 408, 2012年2月20日. http://medg.jp/mt/2012/02/vol408.html#more
3.小松秀樹:新型インフルエンザに厚労省がうまく対応できない理由.MRIC by 医療ガバナンス学会Vol. 129, 2009年6月5日. http://medg.jp/mt/2009/06/-vol-129.html#more
4.小松秀樹:「岡っ引」日本医師会.MRIC by 医療ガバナンス学会Vol. 33, 2010年2月2日.http://medg.jp/mt/2010/02/-vol-33-1.html#more
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2012年3月2日「新型インフルエンザ対策のための法制に関する会長声明」
日本弁護士連合会 HP掲載
2012年3月22日「新型インフルエンザ等対策特別措置法案に反対する会長声明」
日本弁護士連合会 HP掲載
22日の声明を見てみましょう。(以下、色や段落レイアウトの変更は本編集部によるもの)
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本法案には、検疫のための病院・宿泊施設等の強制使用(29条5項)、臨時医療施設開設のための土地の強制使用(49条2項)、特定物資の収用・保管命令(55条2項及び3項)、医療関係者に対する医療等を行うべきことの指示(31条3項)、指定公共機関に対する総合調整に基づく措置の実施の指示(33条1項)、多数の者が利用する施設の使用制限等の指示(45条3項)、緊急物資等の運送・配送の指示(54条3項)という強制力や強い拘束力を伴う広汎な人権制限が定められている。
このような人権制限は、その目的達成のために必要な最小限度にとどめられなければならないことはいうまでもないが、本法案においては、その必要性の科学的根拠に疑問がある上、人権制限を適用する要件も、極めて曖昧である。
すなわち、本法案の多くの人権制限の前提となる「新型インフルエンザ等緊急事態宣言」の要件は、「新型インフルエンザ等(国民の生命及び健康に著しく重大な被害を与えるおそれがあるものとして政令で定める要件に該当するものに限る。以下この章において同じ。)が国内で発生し、その全国的かつ急速なまん延により国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼし、又はそのおそれがあるものとして政令で定める要件に該当する事態」とされ、具体的要件は政令に委任し、法律上は抽象的な定めがなされるにとどまっている。政府の新型インフルエンザ対策行動計画(2011年9月20日)によれば、新型インフルエンザの被害想定の上限値は、受診患者数2500万人、入院患者数200万人、死亡患者数64万人という極めて大規模なものとされ、このような被害想定が、『万が一に備える』との考え方により安易に用いられれば、本法案の上記要件を充足するものとたやすく判断されてしまうおそれがある。そもそも、この被害想定は、1918年(大正7年)に発生したスペインインフルエンザからの推計であるが、当時と現在の我が国の国民の健康状態、衛生状況及び医療環境の違いは歴然としており、こうした推計に基づく被害想定が科学的根拠を有するものといえるのか疑問である。
また、新型インフルエンザ等緊急事態宣言に当たり定められる緊急事態措置の実施期間の上限を2年(32条2項)とし、更に1年の延長が可能としている(同条3項)ことは、その人権制限の内容に照らして、長きに過ぎる。宣言後に緊急事態措置を実施する必要がなくなったときには速やかに解除宣言をするとされているが(同条5項)、これらの判断を政府に委ねるのみでは全く不十分である。新型インフルエンザ等緊急事態宣言には国会の事後承認を要するものとするとともに、期間の上限はより短いものとし、国会の事前承認を延長の要件とすべきである。
さらに、個別の人権制限規定にも、多くの問題がある。
特に、多数の者が利用する施設の使用制限等(45条)は、集会の自由(憲法21条1項)を制限し得る規定であるが、その要件は、「新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため必要があると認めるとき」(45条2項)という抽象的かつ曖昧なものであり、その対象も、「政令で定める多数の者が利用する施設」とされているのみで、極めて広範な施設に適用可能な規定となっている。
他方で、一時的な集会などを制限することが感染拡大の防止にどの程度効果があるのかについては十分な科学的根拠が示されておらず、効果が乏しいとの意見もあるところであり、制限の必要性にも疑問がある。そのため、感染拡大の防止という目的達成に必要な最小限度を超えて集会の自由が制限される危険性が高い。
また、指定公共機関に対する総合調整に基づく措置の実施の指示(33条1項)は、日本放送協会(NHK)が指定公共機関とされ(2条6号)、民間放送事業者も政令により指定公共機関とされ得る(同号)ことから、これら放送事業者の報道の自由(憲法21条1項)を制限し得る規定であるが、その要件である「第20条第1項の総合調整に基づく所要の措置が実施されない場合」にいう総合調整の内容は全く不明確であり、また、なし得る指示の内容についても、「必要な指示をすることができる」とされ、具体的な限定は全くなされていない。表現の自由に対する規制が可能な条文としては、曖昧に過ぎるといわざるを得ない。むしろ、本法案の適用により国民の人権が広範囲に制約されることに鑑みれば、法適用の根拠及び各措置の結果等については随時全面的に情報開示を行い、専門家らを含む第三者が広く検証できるようにすべきである。
当連合会は、去る3月2日の会長声明で、本法案に先立って公表された「新型インフルエンザ対策のための法制のたたき台」に対し、2009年に発生したA型H1N1型インフルエンザに対し、その危険性が不明な時点で「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」上の「新型インフルエンザ等感染症」に該当するとし、その危険性が季節性インフルエンザと同程度であることが判明した後も適用を続けられたという経緯にも鑑み、新型インフルエンザ特措法についても、その拡大適用が懸念されることを指摘して、慎重な検討を求め、性急な立法を目指すことに反対を表明した。しかるに、本法案は、上記のとおり、科学的根拠に疑問がある上、人権制限を適用する要件も極めて曖昧なまま、各種人権に対する過剰な制限がなされるおそれを含むものである。
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医療者も意見を発表しています。
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「国会議員の皆様へ:新型インフルエンザ特措法案は慎重な審議を」亀田総合病院 小松 秀樹
2012年3月22日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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1. 新型インフルエンザ特措法は基本的人権の制限を伴う
特措法が施行されると、個人の財産の強制使用、医師に対する行政による強制的な業務従事、集会の禁止、土地の強制使用、特定物資の収用、物価統制などの権限が政府に付与されます。基本的人権が制限されることになります。物資を隠すと6か月以下の懲役まで可能になります。
疾病対策は、実質的指揮者が、科学的根拠に基づいて、判断・行動できる能力を持つことが重要になります。残念ながら、厚労省の医系技官は、役人であり、医師としての知識が不足しています。しかも科学的認識ではなく、法に基づいて行動しなければなりません。新型インフルエンザ対策を指揮するポストに就いていることと、その人が専門的能力を持つことは別問題です。科学は能力を重視し、法はポストを重視します。CDC(アメリカ疾病予防管理センター)は医師主導です。科学的知識のない人間が権力を振り回すと、2009年の新型インフルエンザ騒動のように、人権侵害が生じるだけでなく、インフルエンザ対策が不適切になります。
ナチスドイツでは、国家犯罪に医師が加担しました。反省から、ジュネーブ宣言(医師の倫理規範)は、医師の言葉や行動が、命令ではなく、個人の判断に基づくことを基本にしています。科学的合理性なしに、強制力で医師を働かせようとすると、大きなトラブルが生じます。
2. 公共の福祉と人権の利益衡量がなされていない
人権を制限するには、公共の福祉と人権の間で利益衡量を行わなければなりません。『立憲主義と日本国憲法』(高橋和之、有斐閣)によれば、通常、この利益衡量は目的・手段審査という思考の枠組みで行われます。人権を制限する合理的理由があるかどうか検討しなければいけないのです。インフルエンザに対する検疫は、科学的合理性がありません。
3. 2009年の新型インフルエンザ騒動
2009年のインフルエンザ騒動では、当初からWHOの専門家は、「封じ込めは不可能であり、検疫は有用ではない」と何度も指摘していました。あえて人権制限を行うべき合理的理由はなかったのに、日本では検疫により人権が侵害されました。
行政が不適切な事務連絡を連発したにもかかわらず、医師は適切に対応したと思います。具体例を挙げると、厚労省は、確定診断のための検査を海外渡航者に限定していました。日本における新型インフルエンザを最初に発見したのは、この指示に抵抗して検査を実施した神戸の開業医でした。
4. 行政が法案を通すため策を弄した
平成24年、1月にパブコメで公開された文書量は、わずか2ページでした。 3月9日に国会提出された新型インフル法律案は、147ページ。政府は国民に対して、膨大な量の情報(人権問題等)を隠していました。
3月は、日本医師会と日本弁護士会が共に会長選挙で動けません。この時期に法案を大慌てで通そうとしています。
5. 新型インフルエンザ特措法案は警察主導
厚労省の法令事務官がしり込みしたものを、伊藤哲朗前内閣危機管理監(元警視総監)が、震災対応より、本法案に熱心に取り組み、法制化を強引に進めたと情報が寄せられています。現在の担当者の杉本孝内閣参事官も、警察庁出身です。医療についての知識を持たない警察が、インフルエンザ対応の立法を主導することは、文明国ではあり得ないことです。
6. 慎重審議は今からでも遅くない
私は、何名かの医師免許を持つ議員と意見交換をしました。多くは反対意見を持っていましたが、手続きが進んでおり今更覆せないと声を揃えました。しかし、この法案は、日本国憲法と医師の倫理規範であるジュネーブ宣言に違反する可能性が高いのです。前述の、公共の福祉と人権の間での利益衡量が十分になされていません。議論が尽くされていません。
行政の言いなりになるのならば、国会の存在意義が疑われます。各政党の政策責任者は、歴史に汚名を残すことになります。憲法に抵触する可能性があるとすれば、踏みとどまって議論を尽くすべきです。
参考文献
1)井上清成:「新型インフルエンザ対策のための法制のたたき台」に対する意見 −医師への従事命令や違反への罰則は不要−. MRIC by 医療ガバナンス学会Vol. 386, 2012年1月30日.http://medg.jp/mt/2012/01/vol386.html#more
2)小松秀樹:インフルエンザ特措法は社会を破壊する. MRIC by 医療ガバナンス学会Vol. 435, 2012年3月16日.http://medg.jp/mt/2012/03/vol435.html#more
3)小松秀樹:新型インフルエンザに厚労省がうまく対応できない理由.MRIC by 医療ガバナンス学会Vol. 129, 2009年6月5日. http://medg.jp/mt/2009/06/-vol-129.html#more
4)小松秀樹:「岡っ引」日本医師会.MRIC by 医療ガバナンス学会Vol. 33, 2010年2月2日.
http://medg.jp/mt/2010/02/-vol-33-1.html#more
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「インフルエンザ特措法は社会を破壊する」 亀田総合病院 小松 秀樹
2012年3月16日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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新型インフルエンザ等対策特別措置法案(以下、特措法案)は、「新型インフルエンザ等緊急事態措置その他新型インフルエンザ等に関する事項について特別の措置を定めることにより」「国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済に及ぼす影響が最小となるようにすることを目的とする」(第1条)。特措法案は、この目的を達成するために、行政に大きな権限を与えるものである。
特措法案では、検疫、停留措置を行うことが前提とされている。停留措置のための施設が足りない場合、所有者の同意が得られない場合でも、特定検疫所長は空港などの周辺の施設を使用することができる(第29条)。
さらに、政府対策本部長が日本への船舶や飛行機の来航を制限することを要請する権限(第30条)、
厚生労働大臣及び都道府県知事が医療関係者にインフルエンザに関する医療を行うよう指示する権限(第31条)、
都道府県知事が、集会可能な施設の管理者に対し、施設の使用や集会の停止を指示する権限(第45条)、
土地使用の必要があれば、所有者の同意が得られない場合でも、都道府県知事が土地を使用する権限(第49条)、
緊急物資の運送又は医薬品等の配送を行うべきことを行政機関の長が業者に対し指示する権限(第54条)、
都道府県知事が特定物資を収用する権限(第55条)など、憲法に抵触するような強大な権限を行政に与えるものである。
権限を与えるだけでなく、重要な物資やサービスの価格が高騰したり、供給不足が生じたりするおそれがあるときは、買占め、売り惜しみに対する緊急措置に関する法律、物価統制令などによる適切な措置を講じなければならない(第59条)
として、権限の行使を命じている。これでは、戒厳令に近い。
この法律は、幻想の上に成立している。国に強大な権限を与えると、インフルエンザから国民を守ることができるという幻想である。国家にはそのような能力がないことは、2009年の新型インフルエンザ騒動が十分に示している。権限が大きくなればなるほど、混乱が大きくなる。
一目で分かる特異な症状がなく、無症状の潜伏期間がある疾患の侵入を、検疫によって阻止したり遅らせたりすることなど到底できることではない。
2009年の新型インフルエンザ騒動では、成田空港において、2009年4月28日から、6月18日までの52日間で、346万人を検疫して、10名の患者を発見した。大型コンピューターを使ったシミュレーションでは、 空港で8名の患者が発見される間に、感染者100名が通過していると推定された(文献1)。
問題の本質は、行政が科学を扱えないことにある(文献2)。行政は、法に基づいた組織であり、事実の認識ではなく、規範が優先される。
日本の2009年の新型インフルエンザへの対応は、規範優先で現実に基づいていなかった。危機を煽って、世界の専門家の間で無意味だとされていた“水際作戦”を強行した。“水際作戦”の遂行を規範化して、冷静な議論を抑制した。意味のない停留措置で人権侵害を引き起こし、日本の国際的評価を下げ、国益を損ねた。
医療現場のガウンテクニックの原則を無視して、防護服を着たまま複数の飛行機の機内を一日中歩きまわった。これによって、インフルエンザを伝播させた可能性さえある。知人の看護師は“徴集”されて、病院業務の代わりこの無意味な業務に従事させられた。ガウンや手袋の使い方を見て、唖然としたという。検疫の指揮を執った厚労省の担当官に、非常時だから、医療現場の常識と異なっても黙っているように言われたという。彼らも、水際作戦が役に立たないことを知っていたのではないか。インフルエンザの防止ではなく、義務を果たしたというアリバイ作りが目的だったのではないか。言い換えれば、現実より規範が医系技官を動かしたように見える。
関西圏での新型インフルエンザの発生で「舞い上がった」担当者たちは、実質的に強制力を持った現実無視の事務連絡を連発し、医療現場を疲弊させた。行政発の風評被害で、関西圏に大きな経済的被害をもたらした。感染拡大後の対応についての議論まで抑制し、対策を遅らせた。
厚労省の医系技官の思考と行動は、大戦時の日本軍を思わせる。レイテ、インパール等々、現実と乖離した目標を規範化することで、膨大な兵士を徒に死に追いやった。行政が、規範によって、インフルエンザを抑え込もうとすれば、壊れた巨大なロボットのような乱暴な動きで、人権を蹂躙し、国際交通、物流、医療制度を機能不全にしてしまう。
特措法案は、危機を煽って国民の権利を制限することにおいて、治安維持法に似ている。日本の厚生労働省は旧内務省に由来する。警察も内務省の管轄下にあった。特措法案には、厚労省の法令事務官ではなく、警察官僚が関与したと政府筋から伝わってきた。
日本弁護士連合会は、2012年3月2日、新型インフルエンザ対策のための法制に関する会長声明を発表し、「科学的な根拠が不十分なまま、各種人権に対する過剰な制約を伴うものとならないよう政府に求めるとともに、上記問題点を十分に検討することなく性急な立法を目指すことには反対する」と懸念を表明した。
日本国憲法は、国家権力を制限して、個人の尊厳を守るという基本構造を持っている。これは、立憲主義とよばれ、近代憲法の基本的な考え方である。憲法は公務員に憲法擁護義務を負わせているが、一般国民には負わせていない。人権を侵すのは公権力であり、憲法は国民に戦えと命じている。すなわち、憲法12条前段は「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」としている。
近代憲法は、アメリカ独立戦争、フランス革命を通じて形成された。アメリカ独立宣言の起草者であるトマス・ジェファーソンの下記認識は、厚労省の医系技官の行動を見る限り、現代でも現実的な意味を持つ。
「われわれの選良を信頼して、われわれの権利の安全に対する懸念を忘れるようなことがあれば、それは危険な考え違いである。信頼はいつも専制の親である。自由な政府は、信頼ではなく、猜疑にもとづいて建設せられる。われわれが権力を信託するを要する人々を、制限政体によって拘束するのは、信頼ではなく猜疑に由来するのである。われわれ連邦憲法は、したがって、われわれの信頼の限界を確定したものにすぎない。権力に関する場合は、それゆえ、人に対する信頼に耳をかさず、憲法の鎖によって、非行を行わぬように拘束する必要がある。」(法律学全集『憲法』pp.90, 1776年. ウィキペディアからの孫引き)
私は、かつて、新型インフルエンザについて、二つの文章を書いた(文献3、4)。2009年の新型インフルエンザ騒動のさなかに書いた文章を、特措法案についての議論のために再掲する。
<参考文献>
1.H. Sato, H. Nakada, R. Yamaguchi, S. Imoto, S. Miyano and M. Kami.: When should we intervene to control the 2009 influenza A(H1N1) pandemic?. Euro Surveillance, 15(1):pii=19455. 2010.)http://www.eurosurveillance.org/ViewArticle.aspx?ArticleId=19455
2.小松秀樹:行政から科学を守る. MRIC by 医療ガバナンス学会Vol. 408, 2012年2月20日. http://medg.jp/mt/2012/02/vol408.html#more
3.小松秀樹:新型インフルエンザに厚労省がうまく対応できない理由.MRIC by 医療ガバナンス学会Vol. 129, 2009年6月5日. http://medg.jp/mt/2009/06/-vol-129.html#more
4.小松秀樹:「岡っ引」日本医師会.MRIC by 医療ガバナンス学会Vol. 33, 2010年2月2日.http://medg.jp/mt/2010/02/-vol-33-1.html#more
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