現地に入っている人、これから出かける人、長期サポートを行う人。
どの場面でも感染症は課題になりますね。
岩田先生のブログはこちら
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本稿は個人の見解であり、所属先の見解とは限りません。また、個々の事例全てにこの本稿の内容が当てはまるという保証はございません。ご留意ください。
熊本地震で尽力されている九州の医療者の皆様、支援に赴かれている各地の皆様、ご苦労さまです。
まだまだ余震も続き、外傷その他、様々な医療問題があります。長期化する避難生活での感染症もその一つです。
我々 は東日本大震災時の石巻市での医療支援を、診療録情報を用いて分析しました。当時の感染症診療の問題点が明らかになりましたので、それを踏まえて熊本地震 での感染症診療のポイントとして紹介します。詳しくは今年の日本プライマリ・ケア連合学会総会で発表し、その後論文としても発表する予定です。
まず第一に、災害時の感染症というと破傷風やレジオネラ肺炎といったトピックが注目されやすいですが、こうした事象は(重要ではありますが)マレです。日常的な感染症のほうがずっと頻度が高いです。
震災現場での診療は普段の診療とは大きく異なります。患者背景が異なることは多いですし、通常でしたら容易にできる検査も困難、あるいは不可能です。搬送判断も重要になります。
検査が困難なため、普段の診療同様、あるいはそれ以上に病歴聴取が重要になります。
東日本大震災では抗菌薬の不適切処方が非常に目立ちました。例えば、咳に対して抗菌薬を処方するのですが、毎週毎週入れ替わりの異なる医師から異なる抗菌薬が出され続けたケースなどがそうです。診療時は主訴のみでなく、必ず時間情報(いつから)が重要になります。
診療録や患者さんへの問診で週単位で持続する症状(咳、微熱、鼻汁など)があるとわかれば、抗菌薬処方で治療する一般感染症ではない可能性が極めて高いです。例えば慢性咳嗽の原因だと喘息、肺気腫、心不全、喫煙など多用な原因が考慮されます。
リソースの乏しい場所で抗菌薬を安易に処方し、アレルギー反応その他の副作用が生じた場合は対応が極めて困難になります。明らかにウイルス性と考えられる感 冒、インフルエンザ、あるいは上記の慢性症状などに対して抗菌薬を安易に処方しないよう、くれぐれもよろしくお願い申し上げます。過去の抗菌薬処方記録は必ず参照してください。
高熱を伴わない下痢症でも、抗菌薬は役に立たないか、かえって下痢を悪化させる可能性があります。急性発症の下痢症では抗菌薬は無益か有害なことが多いので、補液などを優先させ、抗菌薬は回避したほうが無難でしょう。
併用薬も詳しくチェックしてください。普段の診療とは異なる基礎疾患をお持ちの患者さんもいるかもしれません。例えば、よく使われるクラリスロマイシン(クラリス)はCYP3A4の基質、かつ強力な阻害薬で、多くの医薬品の血中濃度を高めてしまいます。また、クラリスなどマクロライド自身が心電図異常(QT 延長)、突然死の原因になることもよく知られています。複数の薬を出されている患者、心疾患やそのハイリスクの患者には処方を避けるのが賢明です。最近はスマホのアプリで薬の併用を調べることが容易にできますので、分からない時はアプリ(ePocratesなど)で調べるか、同伴の薬剤師さんと確認するのが大切です。
消化管からの吸収が悪い(bioavailabilityが悪い)経口抗菌薬は、モニタリングが困難な被災地ではとくに使用を 避けてください。典型例が、フロモックス、メイアクトといった3世代セフェムです。サワシリン(アモキシシリン)やケフレックス(セファレキシン)といった古い、しかし消化管からの吸収率が高い抗菌薬のほうが、被災地では役に立つでしょう。
抗菌薬をみだりに使うのは危険ですが、必要な場合はしっかり使うのが大事です。被災地でとくに役立つのがクラビット(レボフロキサシン)です。コモンな軟部組織感染症(蜂窩織炎)、尿路感染、肺炎などいろいろな感染症に用いることができ、経口薬なのに点滴薬に近い効果を期待できます。なお、似たようなキノロンもいろいろありますが、シプロ(シプロフロキサ シン)は肺炎に使いにくく、アベロックス(モキシフロキサシン)は尿路感染には使えません。注意しましょう。
ただし、クラビットは結核診断 や治療の邪魔になりますので、慢性咳嗽や微熱、体重減少の患者には用いないようにしてください。結核の除外が必要なら、避難所からの搬送が必須になりますので感染対策チームに連絡してください。日本の結核患者の多くは高齢者で、過去の感染が免疫低下で再活性化して発症します。避難所での結核アウトブレイク は甚大な被害をもたらしますので、早期発見が重要です。
同様に、問診のときに必ず「似たような症状」の患者を確認してください。インフル、下痢症など感染症アウトブレイクが起きれば、特別な感染対策が必要ですので専門家チームに連絡をお願いします。
高齢者の急性感染症に注意してください。とくに肺炎と尿路感染が重要になります。咳嗽や排尿時痛といったフォーカスを示す症状がなく、単純に急性発症の意識 障害、しかも熱が出ないということはしばあしばあります。肺塞栓(エコノミークラス症候群の合併症)なども同様なプレゼンをしますので、いずれにしても 「高齢者の急性発症」には要注意です。意識障害を伴う感染症は多くは重症感染症なのでしかるべき医療機関への緊急搬送が望ましいです。
その 他ご不明な点は当ブログあるいはメールでkobeidアットマークmed.kobe-u.ac.jpまでお願いします。被害が一日でも収束するよう心からお祈りするとともに、当方もこちらでできることを一所懸命に取り組み、みなさまのお役に少しでも立てるよう尽力いたします。
文責 神戸大学病院感染症内科 岩田健太郎
この本稿は転載自由です。その際は出典をお示しいただき、全文を掲載して頂ますようお願い申し上げます。
岩田健太郎
神戸大学都市安全研究センター感染症リスクコミュニケーション分野
神戸大学医学研究科微生物感染症学講座感染治療学分野
神戸大学医学部附属病院感染症内科
神戸大学医学部附属病院国際診療部
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どの場面でも感染症は課題になりますね。
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本稿は個人の見解であり、所属先の見解とは限りません。また、個々の事例全てにこの本稿の内容が当てはまるという保証はございません。ご留意ください。
熊本地震で尽力されている九州の医療者の皆様、支援に赴かれている各地の皆様、ご苦労さまです。
まだまだ余震も続き、外傷その他、様々な医療問題があります。長期化する避難生活での感染症もその一つです。
我々 は東日本大震災時の石巻市での医療支援を、診療録情報を用いて分析しました。当時の感染症診療の問題点が明らかになりましたので、それを踏まえて熊本地震 での感染症診療のポイントとして紹介します。詳しくは今年の日本プライマリ・ケア連合学会総会で発表し、その後論文としても発表する予定です。
まず第一に、災害時の感染症というと破傷風やレジオネラ肺炎といったトピックが注目されやすいですが、こうした事象は(重要ではありますが)マレです。日常的な感染症のほうがずっと頻度が高いです。
震災現場での診療は普段の診療とは大きく異なります。患者背景が異なることは多いですし、通常でしたら容易にできる検査も困難、あるいは不可能です。搬送判断も重要になります。
検査が困難なため、普段の診療同様、あるいはそれ以上に病歴聴取が重要になります。
東日本大震災では抗菌薬の不適切処方が非常に目立ちました。例えば、咳に対して抗菌薬を処方するのですが、毎週毎週入れ替わりの異なる医師から異なる抗菌薬が出され続けたケースなどがそうです。診療時は主訴のみでなく、必ず時間情報(いつから)が重要になります。
診療録や患者さんへの問診で週単位で持続する症状(咳、微熱、鼻汁など)があるとわかれば、抗菌薬処方で治療する一般感染症ではない可能性が極めて高いです。例えば慢性咳嗽の原因だと喘息、肺気腫、心不全、喫煙など多用な原因が考慮されます。
リソースの乏しい場所で抗菌薬を安易に処方し、アレルギー反応その他の副作用が生じた場合は対応が極めて困難になります。明らかにウイルス性と考えられる感 冒、インフルエンザ、あるいは上記の慢性症状などに対して抗菌薬を安易に処方しないよう、くれぐれもよろしくお願い申し上げます。過去の抗菌薬処方記録は必ず参照してください。
高熱を伴わない下痢症でも、抗菌薬は役に立たないか、かえって下痢を悪化させる可能性があります。急性発症の下痢症では抗菌薬は無益か有害なことが多いので、補液などを優先させ、抗菌薬は回避したほうが無難でしょう。
併用薬も詳しくチェックしてください。普段の診療とは異なる基礎疾患をお持ちの患者さんもいるかもしれません。例えば、よく使われるクラリスロマイシン(クラリス)はCYP3A4の基質、かつ強力な阻害薬で、多くの医薬品の血中濃度を高めてしまいます。また、クラリスなどマクロライド自身が心電図異常(QT 延長)、突然死の原因になることもよく知られています。複数の薬を出されている患者、心疾患やそのハイリスクの患者には処方を避けるのが賢明です。最近はスマホのアプリで薬の併用を調べることが容易にできますので、分からない時はアプリ(ePocratesなど)で調べるか、同伴の薬剤師さんと確認するのが大切です。
消化管からの吸収が悪い(bioavailabilityが悪い)経口抗菌薬は、モニタリングが困難な被災地ではとくに使用を 避けてください。典型例が、フロモックス、メイアクトといった3世代セフェムです。サワシリン(アモキシシリン)やケフレックス(セファレキシン)といった古い、しかし消化管からの吸収率が高い抗菌薬のほうが、被災地では役に立つでしょう。
抗菌薬をみだりに使うのは危険ですが、必要な場合はしっかり使うのが大事です。被災地でとくに役立つのがクラビット(レボフロキサシン)です。コモンな軟部組織感染症(蜂窩織炎)、尿路感染、肺炎などいろいろな感染症に用いることができ、経口薬なのに点滴薬に近い効果を期待できます。なお、似たようなキノロンもいろいろありますが、シプロ(シプロフロキサ シン)は肺炎に使いにくく、アベロックス(モキシフロキサシン)は尿路感染には使えません。注意しましょう。
ただし、クラビットは結核診断 や治療の邪魔になりますので、慢性咳嗽や微熱、体重減少の患者には用いないようにしてください。結核の除外が必要なら、避難所からの搬送が必須になりますので感染対策チームに連絡してください。日本の結核患者の多くは高齢者で、過去の感染が免疫低下で再活性化して発症します。避難所での結核アウトブレイク は甚大な被害をもたらしますので、早期発見が重要です。
同様に、問診のときに必ず「似たような症状」の患者を確認してください。インフル、下痢症など感染症アウトブレイクが起きれば、特別な感染対策が必要ですので専門家チームに連絡をお願いします。
高齢者の急性感染症に注意してください。とくに肺炎と尿路感染が重要になります。咳嗽や排尿時痛といったフォーカスを示す症状がなく、単純に急性発症の意識 障害、しかも熱が出ないということはしばあしばあります。肺塞栓(エコノミークラス症候群の合併症)なども同様なプレゼンをしますので、いずれにしても 「高齢者の急性発症」には要注意です。意識障害を伴う感染症は多くは重症感染症なのでしかるべき医療機関への緊急搬送が望ましいです。
その 他ご不明な点は当ブログあるいはメールでkobeidアットマークmed.kobe-u.ac.jpまでお願いします。被害が一日でも収束するよう心からお祈りするとともに、当方もこちらでできることを一所懸命に取り組み、みなさまのお役に少しでも立てるよう尽力いたします。
文責 神戸大学病院感染症内科 岩田健太郎
この本稿は転載自由です。その際は出典をお示しいただき、全文を掲載して頂ますようお願い申し上げます。
岩田健太郎
神戸大学都市安全研究センター感染症リスクコミュニケーション分野
神戸大学医学研究科微生物感染症学講座感染治療学分野
神戸大学医学部附属病院感染症内科
神戸大学医学部附属病院国際診療部
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