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The Culture of Fear (誰が煽っているのだろう)

米国でベストセラーとなったThe Culture of Fearは日本語訳があって(『アメリカは恐怖に踊る』)amazonで中古をみつけることができました。著者はもともとジャーナリストであった、南カリフォルニア大学教授→現在はオレゴンの大学の学長をしているBarry Glassner教授。

メディアによって煽られた不安によって、望ましくない行動をとる、という米国社会の問題を扱う本です。

p.231からが 恐怖の予防接種『ワクチンルーレット』 です。

(略)
"問題の騒動がはじまったのは、正確に言えば1982年4月19日の夜だった。その夜、ワシントンDCにあるNBC系列のWRCテレビが『DPT-ワクチン・ルーレット』と題する1時間のニュース・マガジンを放映。その瞬間、あらたな医学現象が誕生した。ワクチン後遺症である。
番組では、子どもへの接種が義務づけられているジフテリア、百日咳、破傷風の三種混合ワクチン(DPT)のうち、百日咳ワクチンの成分が恐ろしい神経系の異常を引き起こし、ときには死を招くと解説"

"ひどい障害を負った子どもの映像や、親たちが語る痛ましい証言も紹介された。その後、テレビや新聞は何週間にもわたって『ワクチン・ルーレット』の話題を取り上げ、メディア主導型のパニックが巻き起こった。各地で不安にかられた親たちが小児科医に電話をかけ、「すでに受けてしまった予防接種のせいで自分の子どもは死ぬのか」という質問を浴びせた。"

HPVワクチンのニュースを見て、「この先何かあるたびに、ワクチンのせいかと考えないといけないのでしょうか?」と不安になっている親御さんがいます。

"専門家や政府機関は、迅速にこの恐怖デマに対応した。FDAの内科医たちは45ページに及ぶ説明書を配布して、詳細に反論。トップランクの医学専門誌に掲載された論文をいくつも並べ、DPTワクチンが死や深刻な後遺症を招くことはまず考えられず、あるとしてもきわめて珍しいことを保証した。他の保健担当部署や小児科医たちも、ワクチンの安全性と百日咳そのものの危険性を示す資料をメディアに提供した。おかげで若い親たちは、初めて百日咳という病気の恐ろしさを知った。ワクチンが導入去れた1949年以前には、7500人が百日咳で死亡し、265,000人が様々な百日咳の症状に苦しんだ。"

科学的に正しい説明だけでは足りません、という話がこの後続きます。

"しかし、真実が公表されたからといって、暗喩的な病気の流布が収まることはめったにない。とくに早い段階ではむずかしい。専門家による論理的な説明を大きく扱うメディアは少なかった。そして『ワクチン・ルーレット』の放送から数週間のうちに、おなじみの「被害者兼エキスパート」であるバーバラ・ロー・フィッシャーによって、「抗議する親たちの集まり」なる団体が結成された。"


"1984年までに何回もの抗議デモがおこなわれ、フィッシャーをはじめとする親たちが議会で証言した。高額な損害賠償請求裁判がはじまり、メーカー2社が市場から撤退。ワクチン不足は危機的な状況に陥った。ワクチンを受ける子どもが急激に減ったため、保健担当官たちは百日咳の流行を心配し、日本での前例を公表した。10年前、日本ではワクチン副作用のパニックの結果、百日咳ワクチンの使用が禁止され、百日咳の患者が10倍に増加、死者が3倍に増えたのである。イギリスでも同じことが起こっていた。希望すればワクチン接種を受けることは可能だったが、パニックの最中にワクチン接種率は40%も減少し、8年間で10万人がこの病気にかかった。"

"アメリカ議会はいつになく明晰な頭脳を示した。1986年、4つの目的を同時に果たす法律を制定したのである。第一に国民の健康危機を避けること、第二に製薬会社をお定まりの訴訟沙汰から守ること、第三に自分の子どもが危険なワクチン接種を受けたと信じ込んでいる親たちを安心させること、そして第四に不毛な訴訟沙汰から裁判所を解放すること。当初は連邦予算8000万ドルを財源に充て,1988年以降はワクチン・メーカーからの税金で運営する「誰の責任も問わない(no fault)」ワクチン副作用賠償プログラムは、みごとに4つの目的にかなっていた。"


"ワクチン副作用パニックは、このプログラムが効果を上げはじめると沈静化した。二つの大規模な研究が一流の医学専門誌に発表され、メディアが報道したためでもあった。100万人近い子どもたちを調査した結果、百日咳で脳障害に陥ったり、死んだ入りする子どもの率が、ワクチン副作用の危険をはるかに凌駕していることが明らかになった。"

疑惑を延命させる方法 
"強力な政策が強力な医学的発見と連動して、理不尽な恐怖デマを終焉させたという、明るい話題でこの章をしめくくることができたなら...。かわりにワクチンの恐怖は、ある原則を如実に示した。暗喩的な病気に関する困った原則、もっと一般的に言えば、アメリカ社会における恐怖の持続に関する原則である。二つの条件さえ満たせば、恐怖は賞味期間を過ぎた後も生き延びてしまうのだ。条件の第一は、そのときどきの社会不安を利用すること。第二は、メディアを知り尽くした応援団が存在すること。
ワクチンの恐怖にはその両方が備わっていた。1980年代後半から、90年代を通して、人々の間で政府と医薬品が日常生活に与える影響への不安が増大していたが、ワクチンの恐怖はそうした社会不安にうまく共鳴した。"

"文化人類学者エミリー・マーティンは、人間の身体に関するアメリカ人の思考について、こんなことを書いている。
「ワクチン接種を受けるということは、身体や免疫システムに関しての特定の見解—医学によって発展した見解-を押し付けようとする国家権力を、私たちが受け入れることを意味する」
(略)彼女(フイッシャー)は人々が無意識に抱いている偏見を利用した。1990年代に入り、ワクチンの恐怖が衰えはじめても、彼女はニュースレターを発行し続け、「医学エリート」たちを烈しく非難。ワクチン接種を社会負担から個人の選択に切り替えるべきだと主張した。"


"ワクチン騒動が一時的に沈滞した時期は、メディアもさすがにフィッシャーがばらまく餌に食いつくことはなかった。しかし、1990年代半ば、彼女はふたたび世間の注目を取り戻した。1994年、NBCのニュース・マガジン『ナウ』がフィッシャーを扇動役として迎え、センセーショナルなレポートを放映したのである。1982年の『ワクチン・ルーレット』 とまったく同じアプローチで、ワクチン副作用に苦しむ子どもたちの話を紹介。よだれをたらしたり、よろめいたり、車椅子にのる子どもの映像を見せるだけでなく、今回は被害者親子をスタジオに連れ出すことまでやった。「全米ワクチン情報センター(NVIC)」という公的な響きをもつ名前に改称していた彼女の団体は、この番組によって大きな利益を得た。団体の発表によれば、放送の後、6500件以上の電話が殺到。数週間後、NVICはふたたび大きな幸運に恵まれた。今回はミス・アメリカ・コンテストが舞台だった。優勝したヘザー・ホワイトストーンは耳が不自由だったのだが、母親によれば、それはヘザーが18カ月のときに受けたDPTワクチン接種の後遺症だったのである。メディアは、予防接種が「ミス・アメリカの聴覚のほとんどを奪い取った」という話題をこぞって報道し、こうした悲劇は定期的に起こっているというNVICのコメントを紹介した。"

"メディアはしばしば活動家や関係者の談話を優先して、専門家の論評を避けたがるものだが、これ以上露骨な例もないだろう。主治医が彼女の診療記録を再調査した2日後、米国小児医科学会は、ホワイトストーンの聴覚障害が実際には感染症の後遺症であることを発表した。皮肉なことに、ヘザー・ホワイトストーンのエピソードは、ワクチンの恐怖をあおるよりも、ワクチン接種のメリットを宣伝する材料となった。彼女の聴覚を奪った感染症ヘモフィルス・インフルエンザは、1980年代後半から接種可能になったワクチンによって防ぐことができるのだ。"

他の章も、メディアによる煽りの具体的な事例が、ジャーナリストの視点で紹介されています。
ジャーナリストが悪いということではなく、ジャーナリストによって問題が明らかにされた案件なども複数あり大変勉強になりました。
まだ中古での在庫はあるようですので関心をお持ちの方はぜひお読みいただければとおもいます。

Revising Miss America's Story Published: September 26, 1994
MISS AMERICA'S HEARING LOSS STORY DISPUTED September 23, 1994

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アメリカは恐怖に踊る草思社


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The Culture of Fear: Why Americans Are Afraid of the Wrong Things: Crime, Drugs, Minorities, Teen Moms, Killer Kids, Mutant Microbes, Plane Crashes, Road Rage, & So Much MoreBasic Books


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リスクにあなたは騙される―「恐怖」を操る論理早川書房

The Age-Old Struggle against the Antivaccinationists
Gregory A. Poland, M.D., and Robert M. Jacobson, M.D.
N Engl J Med 2011; 364:97-99January 13, 2011

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