サンドのデジタルセミナーで原田先生にご講義いただいたときのQ&Aが完成いたしました。
講義を前提とした内容です。
特定の症例での参考にする場合はそれぞれの施設や主治医の責任でお願いいたします。
原田先生 お忙しい中ありがとうございました。
なお、前回の亀田総合病院 細川先生のQ&Aは完成しだい掲載予定であります。
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Q1:ESBL産生菌種の検査対象がE.coliとKlebsiellaとProteus mirabillisの三種類とのことですが、ESBLを産生する可能性があるのは主にこの三種類であるという理解でよろしいでしょうか?この菌以外の腸内細菌がESBL産生菌になる場合もあるのでしょうか?
A1:これら以外の菌種がESBL産生菌になる場合もあり、アウトブレイクの報告もあります。また、これら以外の菌種によるESBL産生がある場合はセミナー内でご紹介したCLSIの推奨法による検出が困難な場合があります。ただし、これらは現時点では比較的頻度が低いので、検査室でのルーチンの対応としては、E.coli, Klebsiella spp, Proteus mirabillisのESBL産生菌検出を検討するのが良いと考えます。
Q2:カンジダの血流感染に対する治療を行うのは理解できたのですが、EBSL産生菌による発熱の可能性は否定していいのでしょうか? 並行して尿路感染の治療をする必要はないのでしょうか?
A2:適切かつ重要なご指摘です。尿から検出される細菌については、腎盂腎炎を発症して治療が必要な状況もあれば、原則として治療が不要な無症候性細菌尿という状況もあります。尿からESBL産生大腸菌が検出された場合には、臨床症状や他の発熱原因の有無、患者の重症度などを総合的に検討して尿路感染症としての治療が必要な状態かどうかを決定します。バイタルサインの崩れが大きい場合などでは、セミナー内に示したような臨床状況でもカンジダ血症の治療とともにESBL産生菌による尿路感染症の治療を併行して実施することはあり得ます。一方で、一時的にESBL産生菌感染症に対する治療を開始しても、その後で別のより明らかな感染症フォーカスが判明した時点で治療を中止するという戦略をとる場合もあります。
Q3:入院歴や抗菌剤使用歴がほとんどない方の市中尿路感染症で、キノロンやST、CEZ耐性の大腸菌が稀に検出されることがあります。外来でも市中MRSAと同様に、市中耐性菌は多くみられるようになっているのでしょうか。
A3:市中の大腸菌の耐性化(特にESBL産生菌の増加)は世界的に大きな問題として認識されています。しかしながら日本では市中感染症に限定したサーベイランスや疫学研究が十分には実施されていないのでその頻度に関する信頼に足る情報が不足しています。 外来患者=市中感染症、入院患者=医療関連感染症ではないので、検出株を入院と外来に分けて解析するだけではこの情報は得られません。
Q4:耐性菌を原因菌とした尿路感染症の方では、治癒した後、半年くらいして再び尿路感染症を起こした時に、前回と同様の感受性シリーズを示すことがあります。グラム染色で同様の細菌を疑った場合には、前回の感受性を考えてempiricな治療をすべきでしょうか。尿路は無菌と思いますが、保菌あるいは定着ということがあるのでしょうか。
A4:尿路は必ずしも無菌ではなく、原則治療が不要な保菌状態もありえます(無症候性細菌尿と呼びます)。特に高齢者や尿路の機能的・解剖学的異常がある患者ではしばしば認められ、長期の尿道カテーテル留置患者ではほぼ100%が尿中に何らかの微生物が検出される状態となります。感染症を発症しているかどうかは臨床状況を踏まえて総合的に判断します(A2もご参照ください)。また、同一患者の過去の培養結果については、経験的治療薬を決定するうえで参考とはしますが(特に高度耐性菌の検出歴がある場合)、前回の培養提出からの時間が長く経過している場合や、培養提出後に抗菌薬が使用されている場合にはその信頼性は低下します。
Q5:MICの記載は一部を除いてあまり必要ないとのことでした。肺炎球菌肺炎を治療する場合、経口剤と静脈注射でMICにより感受性判定が異なるので、記載してほしいと思いますが、実際にはPC,ABPCとして記載されることが多いようです。経口剤を使用する場合、判断はどうしたらよいでしょうか。
A5:ご指摘の通り、肺炎球菌のペニシリンに対するブレイクポイントは、髄膜炎と非髄膜炎で異なり、さらに(肺炎の)経口薬治療についても別にブレイクポイントが設定されています。通常、肺年球菌はペニシリンに感受性があればアンピシリン(ABPC)にも感受性があると考えます。ただし、これは抗菌薬が十分量投与された場合に感受性があるといえるものです。
提出検体の種類や患者の状況に合わせて報告方法を変えたり、これら3種のブレイクポイントそれぞれによる感受性試験結果を併記したりするのが理想的ですが、実際には髄膜炎の(=旧来の)ブレイクポイントのみで報告していることが多いようです。この場合は担当の医師や薬剤師が患者の状況に応じた感受性試験結果を細菌検査室に問い合わせる、あるいは肺炎であれば仮に(髄膜炎基準で)PRSPであってもほぼすべての場合でペニシリンによる治療が可能であることを担当医に伝えるなどの対応をとるのが良いと思います。
なお、経口薬への切り替え等については、過去に行われた2011年度第5回のデジタルセミナーのQ&Aで、Q1に対するお答え(A1)をご参照ください。(http://blog.goo.ne.jp/idconsult/e/4ae8b833bcc32177eaf3cd74144d5e4a)
どのような投与量でその感受性を適応してよいかについても、CLSIのガイドラインに記載されていますので詳しくは原文をご参照ください。
Q6:院内の静脈注射用の抗菌剤については介入がされていますが、外来で使用される経口抗菌薬についてはいかがでしょうか。市中感染でのキノロンや第3世代セフェムのoverindicationが多い印象があります。"
A6:外来における経口抗菌薬の適正使用への取り組みは今後、大変重要になってくると考えます。特に腸管からの吸収率(bioavailability)が低い薬剤が多い第3世代セファロスポリン系抗菌薬が積極的適応となる場面はほとんどないと個人的には考えています。キノロン系抗菌薬については、セミナー内で触れましたように緑膿菌に活性を有する唯一の経口抗菌薬であること(貴重であること)、大腸菌の薬剤感受性が大幅に低下している(=市中尿路感染症における選択妥当性が乏しくなっている)ことを踏まえて、使用する場面を限定すべきと考えます。
Q7:新規陽性率を算出するためには、入院日(あるいは転倒時)初日にスクリーニング対象とした菌の保菌検査が必要なのでしょうか?
A7:ご指摘の通り、厳密には入院日のスクリーニング培養検査を実施していなければ入院後に検出された耐性菌が真に「新規」かどうかは判別できませんが、すべての患者にスクリーニング培養検査を実施するのはコストや労力の面から現実的ではありません。そこで、入院から48時間以後(あるいは入院から3日目の深夜以降)の発生は入院後の「新規」発生と考えるのが一般的です。さらに、入院後に発生した新たな感染部位に関連した検体(例えば手術による創部からの滲出液、血管内カテーテル関連血流感染症による血液) は「新規」と扱い、それ以外は「不明」とするなど施設でルールを決めている場合もあると思います。
Q8:中小病院の規模で、感染対策委員があります。専門医、専門薬剤師はおりません(ICNがいます)。そこで、抗菌薬の適正使用を医療スタッフ(主に医師)にアプローチするには、どう取り組むのがいいのでしょうか?
具体的には、当院では尿路感染症にレボフロキサシン500mgがほぼ100%処方されます。このとき、大腸菌を起因菌と考えてると、ST合剤が望ましいと思うのですが、それを医師に上手く伝えられません。その医師に大腸菌のキノロン耐性はどうですか?と遠まわしに尋ねると、レボフロキサシンに感受性があるから大丈夫だよと言われてしまいます。何か良いアプローチがあれば、アドバイスをお願いします。"
A8:日々の御苦労お察しいたします。「効く」「効かない」といった主観的な表現を基にして話すと、なかなか建設的にならないこともあります。お書きになられているように起因菌の感受性率を基にディスカッションするのは良い方法だと考えます。その場合、自施設のアンチバイオグラムを示すことができれば最良ですが、すぐに準備ができなければまずはセミナー内でご紹介した全国のデータでも良いかもしれません。実際にアンチバイオグラムを出すと、キノロン系抗菌薬の感受性率が低下している場合が多いと思われますので、そういったデータを提示された上で、目の前の患者さんにとってどの選択肢が良いのかを議論していかれることをお勧めします。
Q9:尿路感染症で、ST合剤を選択したいとき、ST合剤が使用しづらいケースはありますか?このとき、レボフロキサシンを選択すべきケースは出てくるのでしょうか?ESBL産生菌だと、セファロスポリンが使用しづらくなると思うので、アンチバイオグラムを作成していない状況だと、レボフロキサシンは温存しておきたい薬剤になると思います。カルバペネムという選択肢もあることを今日、恥ずかしながらしりましたが、アンチバイオグラムの無い状況下で、非ESBL産生とESBL産生でのアプローチに違いがあるかも教えてください。
A9:ST合剤を選択しにくい状況の代表例としては妊婦が挙げられます。当然この場合にはキノロン系抗菌薬も適切ではありません。ESBL産生菌に限らず、アンチバイグラムがない場合には初期治療の選択に難渋します。アンチバイオグラムがあれば、主な起因菌の感受性率が分かりますので、それを基に経験的治療薬を選択します。アンチバイオグラムは起因菌の感受性が判明するまでの経験的治療薬選択の参考とするので、実際に起因菌の感受性が判明(ESBL産生の有無を含めて)したら、そこからは離れて個別に最良の(感受性がありなおかつ狭域の)薬剤を選択します。
Q10:大変貴重な講演をありがとうございました。
アンチバイオグラムを作成する際に、全ての培養結果を集計するべきなのでしょうか?
それとも感染症に罹患している患者の培養結果だけを集計すればよいのでしょうか?"
A10:過去に行われた2012年度第1回デジタルセミナーのQ&A、Q1に対するお答え(A1)をご参照ください。(http://blog.goo.ne.jp/idconsult/e/804630178da6381ec380db6ed33cf758)
Q11:大変分かりやすく説明して頂き理解が深まりました。感染症治療という面と感染制御という2つの面をうまくリンクさせていくことが非常に重要と感じました。アンチバイオグラムを作成する際、痰培や尿培は分ける必要はありますか?また集計の期間を決めるとき(例えば1年間、あるいは3ヶ月など)どれくらいの期間を当てはめるのが妥当かなどアドバイスあれば教えてください。
A11:場合によっては検体ごとのアンチバイオグラムは参考になるかもしれませんが、一方でその分手間もかかります。国内でアンチバイオグラムを作成している施設の多くは検体ごとには分けていないと思います。集計期間は短すぎると対象株数が少なくなりすぎて感受性率の期間ごとのバラつきが大きくなり、長すぎると感受性率の変化を認識するのが遅れるので(培養検体数にもよりますが)半年あるいは1年程度で集計するのが一般的であると思います。
Q12:本日は貴重な講義ありがとうございました。
質問ではないのですが、当院でもカルバペネムを使用した後に、肺の喀痰からMRSAが検出されて、「MRSA肺炎」と診断されて、VCMが使用されるケースがあります。
主治医と話をすると、「MRSAを治療で消さないと紹介先(施設)が受け取らないんだよね」といわれて、TDMを行い、治療設計をするのですが、釈然としない部分があります。臨床の曖昧な部分であり、現実の一部とは理解していますが、やるせない気持ちにもなります。
やはり地域をまきこんだ地道な活動が必要だと思います。
本日はありがとうございました。
A12:MRSAの保菌が理由で受け入れを断ってはいけないにもかかわらず、実際には培養検査でMRSAが検出されている場合に受け入れを断られるというケースは耳にします。そのような状況が続くと、(耐性菌の検出を懸念して)取るべき培養検査を取らなくなることが懸念され、患者本人や患者と関わるすべての医療機関にとっての不利益につながります。おっしゃる通り、地域の連携により紹介先医療機関と情報交換を行うことでこのような状況を回避したいところです。なお、喀痰から検出されたMRSAが肺炎の起因菌となっている場合は抗MRSA薬投与の対象となりますが、そうでない場合に投与しても保菌の消失には必ずしもつながりません。
Q13:喀痰から緑膿菌やESBLsが検出されていてもSBT/ABPCなどで効果が見られることがたびたびあります。一方、療養病棟でESBLs保菌患者の誤嚥性肺炎による発熱時に、喀痰からESBLsが検出されているという理由からカルバペネムが処方されます。経験的にはSBT/ABPCでも治療可能かと考えるのですが、このような場合でもカルバペネムから治療開始した方が宜しいのでしょうか?
(検査が外注なので院内でグラム染色は行なっていません。また、外注検査結果からの喀痰のGeckler分類は4~5というケースでも見受けられます。)
A13:喀痰培養からESBL産生菌が検出されている場合に、まずはそれが起因菌であるかどうかの判断が重要です。そもそも細菌性肺炎なのか、あるいは消化液誤嚥による化学性の肺障害なのか、あるいはその他の疾患であるかも考える必要があります。最終的には臨床所見や、細菌性肺炎であれば喀痰の塗抹所見などを踏まえて起因菌を絞り込んでいきます。初期治療でESBL産生菌や緑膿菌のカバーを考慮するかどうかは、検出歴だけではなく、その患者さんの背景(市中か院内か、抗菌薬使用歴はあるか、基礎疾患は何かなど)や重症度も踏まえて検討します。仮にESBL産生菌や緑膿菌が肺炎発症時の喀痰培養で検出されたとしても、培養結果判明までの3-4日間、それらをカバーしない抗菌薬で臨床的な改善が得られているならば、それらは起因菌として関与していないと判断する場合もあります。
Q14:培養検査の結果についてお聞かせください
無菌検体からの培養陽性であれば起炎菌・原因菌として判断することも可能かと思いますが、当院では、咽頭ぬぐい液や喀痰(自分で喀痰排出のできない患者であっても「喀痰」の検体が提出されますので、喀痰として適切な検体では無い可能性も否定できません)での培養結果に従い抗菌薬の投与が始まることが多々あります。
元々さまざまな菌が検出される部位での培養検査は、起炎菌・原因菌の検出・同定にどのように活かしたら良いのでしょうか?"
A14:過去に行われた2012年度第1回デジタルセミナーのQ4に対するお答え(A4)もご参照ください。実際には、臨床経過に加えて、その菌がその場所で感染症を起こし得るかどうかということや、塗抹所見なども踏まえて総合的に判断します。A13もご参照ください。なお、咽頭拭い液の培養検査結果は急性咽頭炎患者で溶血性連鎖球菌が検出された場合を除いて、抗菌薬選択の参考にはほとんどなりません(MRSAの保菌確認や咽頭炎における淋菌、Fusobacterium necrophorumなどの検出時は例外)。
Q15:抗菌薬使用サーベイランスを作る際に気を付けなければならないポイント、注意事項はどのようなものがございますでしょうか
A15:詳しくは成書をご参照いただければと思いますが、
サーベイランスを行う目的を明確にすること
それに基づいてサーベイランス対象、期間を決定すること
どのような指標を用いて評価するのか(Antimicrobial use density:AUD, days of therapy:DOTなど)
を実施前に検討しておく必要があります。AUDは1日の標準的な抗菌薬使用量や延べ入院患者日数で標準化した指標なので施設間の比較などには便利ですが、施設間で同一の抗菌薬の1日使用量の平均値が異なる場合にはその影響をうけます。また、同一施設においても、例えばカルバペネム使用患者が減少すると同時に、カルバペネムの投与法や投与量を適正化(1日投与量の増加)した場合にはDOTは減少したがAUDは増加あるいは不変ということはあり得ます。
Q16:実際に患者さんの体で感染が起きているのか、試験管の中で起きているのかを判別するには何と何を調べ、細菌検査室ではさらに何を調べたら良いのか教えていただけますでしょうか。
A16:実際に患者さんの体で感染症が起きているかどうかを判定するには、患者さん本人に対して病歴聴取、診察を行い、それを必要に応じて画像検査や細菌検査で詰めていくことで総合的に判断します。患者が感染症を起こしている部位や感染症の存在が疑われる部位(および血液培養)の培養検査結果は臨床的意義のある情報をもたらしますが、臨床状況と関連なく多くの培養検査を提出しても結果の意味づけは困難なことがしばしばあります。
Q17:理解が追い付きにくい領域のお話をしていただきありがとうございました。液体希釈法からS、I、Rへ読みかえる方法のイメージが掴めたこと、Lancet2000の報告が印象的でした。
ESBLによる急性腎盂腎炎について教えてください。
1. 小児の発熱で尿中にグラム陰性桿菌を認め、急性腎盂腎炎の診断でcefotiumを開始することは度々あります。そのなかで時々、解熱した後に感受性結果が届き、見るとcefotiumを含むβラクタム系抗菌薬の感受性がRで、カルバペネム、ST合剤、時にcefmetazoleやflomoxefに感受性のある大腸菌が同定されることがあります。なぜ臨床的にセファロスポリンが効いてしまうのか不思議に思うのですが、再発もなく治療できてしまいます。
これは尿路の感染症だから抗菌薬が濃縮されて効きやすくなるためにおきる現象なのでしょうか?そして、そもそも感受性結果だけを見てこのような細菌を本当にESBLと言ってよいのでしょうか?
2. 最近は抗菌薬投与をほとんど受けたことのないような新生児の尿からもESBLが同定されることがあります。耐性因子の獲得はそんなにも速やかに進むものなのでしょうか?それとも日常の中で他の人間から接触によって移されたと考えるべきでしょうか?
A17:
(1つ目の質問につきまして)ご指摘のように、尿路感染症で(特に菌血症を伴っていない場合には)起因菌がセフォチアムに耐性の細菌であったとしても、尿中での抗菌薬の濃縮の結果として臨床的には効果を示すことはあり得ます。また、一般論としては実は検出された耐性菌が起因菌ではなかった(他の感染症フォーカスあるいは他の起因微生物)可能性もあります。ESBL産生菌か否かは純粋に酵素学的な話なので、(セミナー内で紹介したCLSIのガイドラインなどに沿った)標準化された方法で確認されればそれはESBL産生菌と扱うべきであり、実際の臨床効果をみて判定するものではありません。
(2つ目の質問につきまして)産道などを介した母子感染を含めた家族内での伝播の可能性が理論的にはあり得ますし、それを示唆する報告も散見されます(Birgy A, et al. Characterization of extended-spectrum-β-lactamase-producing Escherichia coli strains involved in maternal-fetal colonization: prevalence of E. coli ST131. J Clin Microbiol 2013; 51: 1727)。
講義を前提とした内容です。
特定の症例での参考にする場合はそれぞれの施設や主治医の責任でお願いいたします。
原田先生 お忙しい中ありがとうございました。
なお、前回の亀田総合病院 細川先生のQ&Aは完成しだい掲載予定であります。
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Q1:ESBL産生菌種の検査対象がE.coliとKlebsiellaとProteus mirabillisの三種類とのことですが、ESBLを産生する可能性があるのは主にこの三種類であるという理解でよろしいでしょうか?この菌以外の腸内細菌がESBL産生菌になる場合もあるのでしょうか?
A1:これら以外の菌種がESBL産生菌になる場合もあり、アウトブレイクの報告もあります。また、これら以外の菌種によるESBL産生がある場合はセミナー内でご紹介したCLSIの推奨法による検出が困難な場合があります。ただし、これらは現時点では比較的頻度が低いので、検査室でのルーチンの対応としては、E.coli, Klebsiella spp, Proteus mirabillisのESBL産生菌検出を検討するのが良いと考えます。
Q2:カンジダの血流感染に対する治療を行うのは理解できたのですが、EBSL産生菌による発熱の可能性は否定していいのでしょうか? 並行して尿路感染の治療をする必要はないのでしょうか?
A2:適切かつ重要なご指摘です。尿から検出される細菌については、腎盂腎炎を発症して治療が必要な状況もあれば、原則として治療が不要な無症候性細菌尿という状況もあります。尿からESBL産生大腸菌が検出された場合には、臨床症状や他の発熱原因の有無、患者の重症度などを総合的に検討して尿路感染症としての治療が必要な状態かどうかを決定します。バイタルサインの崩れが大きい場合などでは、セミナー内に示したような臨床状況でもカンジダ血症の治療とともにESBL産生菌による尿路感染症の治療を併行して実施することはあり得ます。一方で、一時的にESBL産生菌感染症に対する治療を開始しても、その後で別のより明らかな感染症フォーカスが判明した時点で治療を中止するという戦略をとる場合もあります。
Q3:入院歴や抗菌剤使用歴がほとんどない方の市中尿路感染症で、キノロンやST、CEZ耐性の大腸菌が稀に検出されることがあります。外来でも市中MRSAと同様に、市中耐性菌は多くみられるようになっているのでしょうか。
A3:市中の大腸菌の耐性化(特にESBL産生菌の増加)は世界的に大きな問題として認識されています。しかしながら日本では市中感染症に限定したサーベイランスや疫学研究が十分には実施されていないのでその頻度に関する信頼に足る情報が不足しています。 外来患者=市中感染症、入院患者=医療関連感染症ではないので、検出株を入院と外来に分けて解析するだけではこの情報は得られません。
Q4:耐性菌を原因菌とした尿路感染症の方では、治癒した後、半年くらいして再び尿路感染症を起こした時に、前回と同様の感受性シリーズを示すことがあります。グラム染色で同様の細菌を疑った場合には、前回の感受性を考えてempiricな治療をすべきでしょうか。尿路は無菌と思いますが、保菌あるいは定着ということがあるのでしょうか。
A4:尿路は必ずしも無菌ではなく、原則治療が不要な保菌状態もありえます(無症候性細菌尿と呼びます)。特に高齢者や尿路の機能的・解剖学的異常がある患者ではしばしば認められ、長期の尿道カテーテル留置患者ではほぼ100%が尿中に何らかの微生物が検出される状態となります。感染症を発症しているかどうかは臨床状況を踏まえて総合的に判断します(A2もご参照ください)。また、同一患者の過去の培養結果については、経験的治療薬を決定するうえで参考とはしますが(特に高度耐性菌の検出歴がある場合)、前回の培養提出からの時間が長く経過している場合や、培養提出後に抗菌薬が使用されている場合にはその信頼性は低下します。
Q5:MICの記載は一部を除いてあまり必要ないとのことでした。肺炎球菌肺炎を治療する場合、経口剤と静脈注射でMICにより感受性判定が異なるので、記載してほしいと思いますが、実際にはPC,ABPCとして記載されることが多いようです。経口剤を使用する場合、判断はどうしたらよいでしょうか。
A5:ご指摘の通り、肺炎球菌のペニシリンに対するブレイクポイントは、髄膜炎と非髄膜炎で異なり、さらに(肺炎の)経口薬治療についても別にブレイクポイントが設定されています。通常、肺年球菌はペニシリンに感受性があればアンピシリン(ABPC)にも感受性があると考えます。ただし、これは抗菌薬が十分量投与された場合に感受性があるといえるものです。
提出検体の種類や患者の状況に合わせて報告方法を変えたり、これら3種のブレイクポイントそれぞれによる感受性試験結果を併記したりするのが理想的ですが、実際には髄膜炎の(=旧来の)ブレイクポイントのみで報告していることが多いようです。この場合は担当の医師や薬剤師が患者の状況に応じた感受性試験結果を細菌検査室に問い合わせる、あるいは肺炎であれば仮に(髄膜炎基準で)PRSPであってもほぼすべての場合でペニシリンによる治療が可能であることを担当医に伝えるなどの対応をとるのが良いと思います。
なお、経口薬への切り替え等については、過去に行われた2011年度第5回のデジタルセミナーのQ&Aで、Q1に対するお答え(A1)をご参照ください。(http://blog.goo.ne.jp/idconsult/e/4ae8b833bcc32177eaf3cd74144d5e4a)
どのような投与量でその感受性を適応してよいかについても、CLSIのガイドラインに記載されていますので詳しくは原文をご参照ください。
Q6:院内の静脈注射用の抗菌剤については介入がされていますが、外来で使用される経口抗菌薬についてはいかがでしょうか。市中感染でのキノロンや第3世代セフェムのoverindicationが多い印象があります。"
A6:外来における経口抗菌薬の適正使用への取り組みは今後、大変重要になってくると考えます。特に腸管からの吸収率(bioavailability)が低い薬剤が多い第3世代セファロスポリン系抗菌薬が積極的適応となる場面はほとんどないと個人的には考えています。キノロン系抗菌薬については、セミナー内で触れましたように緑膿菌に活性を有する唯一の経口抗菌薬であること(貴重であること)、大腸菌の薬剤感受性が大幅に低下している(=市中尿路感染症における選択妥当性が乏しくなっている)ことを踏まえて、使用する場面を限定すべきと考えます。
Q7:新規陽性率を算出するためには、入院日(あるいは転倒時)初日にスクリーニング対象とした菌の保菌検査が必要なのでしょうか?
A7:ご指摘の通り、厳密には入院日のスクリーニング培養検査を実施していなければ入院後に検出された耐性菌が真に「新規」かどうかは判別できませんが、すべての患者にスクリーニング培養検査を実施するのはコストや労力の面から現実的ではありません。そこで、入院から48時間以後(あるいは入院から3日目の深夜以降)の発生は入院後の「新規」発生と考えるのが一般的です。さらに、入院後に発生した新たな感染部位に関連した検体(例えば手術による創部からの滲出液、血管内カテーテル関連血流感染症による血液) は「新規」と扱い、それ以外は「不明」とするなど施設でルールを決めている場合もあると思います。
Q8:中小病院の規模で、感染対策委員があります。専門医、専門薬剤師はおりません(ICNがいます)。そこで、抗菌薬の適正使用を医療スタッフ(主に医師)にアプローチするには、どう取り組むのがいいのでしょうか?
具体的には、当院では尿路感染症にレボフロキサシン500mgがほぼ100%処方されます。このとき、大腸菌を起因菌と考えてると、ST合剤が望ましいと思うのですが、それを医師に上手く伝えられません。その医師に大腸菌のキノロン耐性はどうですか?と遠まわしに尋ねると、レボフロキサシンに感受性があるから大丈夫だよと言われてしまいます。何か良いアプローチがあれば、アドバイスをお願いします。"
A8:日々の御苦労お察しいたします。「効く」「効かない」といった主観的な表現を基にして話すと、なかなか建設的にならないこともあります。お書きになられているように起因菌の感受性率を基にディスカッションするのは良い方法だと考えます。その場合、自施設のアンチバイオグラムを示すことができれば最良ですが、すぐに準備ができなければまずはセミナー内でご紹介した全国のデータでも良いかもしれません。実際にアンチバイオグラムを出すと、キノロン系抗菌薬の感受性率が低下している場合が多いと思われますので、そういったデータを提示された上で、目の前の患者さんにとってどの選択肢が良いのかを議論していかれることをお勧めします。
Q9:尿路感染症で、ST合剤を選択したいとき、ST合剤が使用しづらいケースはありますか?このとき、レボフロキサシンを選択すべきケースは出てくるのでしょうか?ESBL産生菌だと、セファロスポリンが使用しづらくなると思うので、アンチバイオグラムを作成していない状況だと、レボフロキサシンは温存しておきたい薬剤になると思います。カルバペネムという選択肢もあることを今日、恥ずかしながらしりましたが、アンチバイオグラムの無い状況下で、非ESBL産生とESBL産生でのアプローチに違いがあるかも教えてください。
A9:ST合剤を選択しにくい状況の代表例としては妊婦が挙げられます。当然この場合にはキノロン系抗菌薬も適切ではありません。ESBL産生菌に限らず、アンチバイグラムがない場合には初期治療の選択に難渋します。アンチバイオグラムがあれば、主な起因菌の感受性率が分かりますので、それを基に経験的治療薬を選択します。アンチバイオグラムは起因菌の感受性が判明するまでの経験的治療薬選択の参考とするので、実際に起因菌の感受性が判明(ESBL産生の有無を含めて)したら、そこからは離れて個別に最良の(感受性がありなおかつ狭域の)薬剤を選択します。
Q10:大変貴重な講演をありがとうございました。
アンチバイオグラムを作成する際に、全ての培養結果を集計するべきなのでしょうか?
それとも感染症に罹患している患者の培養結果だけを集計すればよいのでしょうか?"
A10:過去に行われた2012年度第1回デジタルセミナーのQ&A、Q1に対するお答え(A1)をご参照ください。(http://blog.goo.ne.jp/idconsult/e/804630178da6381ec380db6ed33cf758)
Q11:大変分かりやすく説明して頂き理解が深まりました。感染症治療という面と感染制御という2つの面をうまくリンクさせていくことが非常に重要と感じました。アンチバイオグラムを作成する際、痰培や尿培は分ける必要はありますか?また集計の期間を決めるとき(例えば1年間、あるいは3ヶ月など)どれくらいの期間を当てはめるのが妥当かなどアドバイスあれば教えてください。
A11:場合によっては検体ごとのアンチバイオグラムは参考になるかもしれませんが、一方でその分手間もかかります。国内でアンチバイオグラムを作成している施設の多くは検体ごとには分けていないと思います。集計期間は短すぎると対象株数が少なくなりすぎて感受性率の期間ごとのバラつきが大きくなり、長すぎると感受性率の変化を認識するのが遅れるので(培養検体数にもよりますが)半年あるいは1年程度で集計するのが一般的であると思います。
Q12:本日は貴重な講義ありがとうございました。
質問ではないのですが、当院でもカルバペネムを使用した後に、肺の喀痰からMRSAが検出されて、「MRSA肺炎」と診断されて、VCMが使用されるケースがあります。
主治医と話をすると、「MRSAを治療で消さないと紹介先(施設)が受け取らないんだよね」といわれて、TDMを行い、治療設計をするのですが、釈然としない部分があります。臨床の曖昧な部分であり、現実の一部とは理解していますが、やるせない気持ちにもなります。
やはり地域をまきこんだ地道な活動が必要だと思います。
本日はありがとうございました。
A12:MRSAの保菌が理由で受け入れを断ってはいけないにもかかわらず、実際には培養検査でMRSAが検出されている場合に受け入れを断られるというケースは耳にします。そのような状況が続くと、(耐性菌の検出を懸念して)取るべき培養検査を取らなくなることが懸念され、患者本人や患者と関わるすべての医療機関にとっての不利益につながります。おっしゃる通り、地域の連携により紹介先医療機関と情報交換を行うことでこのような状況を回避したいところです。なお、喀痰から検出されたMRSAが肺炎の起因菌となっている場合は抗MRSA薬投与の対象となりますが、そうでない場合に投与しても保菌の消失には必ずしもつながりません。
Q13:喀痰から緑膿菌やESBLsが検出されていてもSBT/ABPCなどで効果が見られることがたびたびあります。一方、療養病棟でESBLs保菌患者の誤嚥性肺炎による発熱時に、喀痰からESBLsが検出されているという理由からカルバペネムが処方されます。経験的にはSBT/ABPCでも治療可能かと考えるのですが、このような場合でもカルバペネムから治療開始した方が宜しいのでしょうか?
(検査が外注なので院内でグラム染色は行なっていません。また、外注検査結果からの喀痰のGeckler分類は4~5というケースでも見受けられます。)
A13:喀痰培養からESBL産生菌が検出されている場合に、まずはそれが起因菌であるかどうかの判断が重要です。そもそも細菌性肺炎なのか、あるいは消化液誤嚥による化学性の肺障害なのか、あるいはその他の疾患であるかも考える必要があります。最終的には臨床所見や、細菌性肺炎であれば喀痰の塗抹所見などを踏まえて起因菌を絞り込んでいきます。初期治療でESBL産生菌や緑膿菌のカバーを考慮するかどうかは、検出歴だけではなく、その患者さんの背景(市中か院内か、抗菌薬使用歴はあるか、基礎疾患は何かなど)や重症度も踏まえて検討します。仮にESBL産生菌や緑膿菌が肺炎発症時の喀痰培養で検出されたとしても、培養結果判明までの3-4日間、それらをカバーしない抗菌薬で臨床的な改善が得られているならば、それらは起因菌として関与していないと判断する場合もあります。
Q14:培養検査の結果についてお聞かせください
無菌検体からの培養陽性であれば起炎菌・原因菌として判断することも可能かと思いますが、当院では、咽頭ぬぐい液や喀痰(自分で喀痰排出のできない患者であっても「喀痰」の検体が提出されますので、喀痰として適切な検体では無い可能性も否定できません)での培養結果に従い抗菌薬の投与が始まることが多々あります。
元々さまざまな菌が検出される部位での培養検査は、起炎菌・原因菌の検出・同定にどのように活かしたら良いのでしょうか?"
A14:過去に行われた2012年度第1回デジタルセミナーのQ4に対するお答え(A4)もご参照ください。実際には、臨床経過に加えて、その菌がその場所で感染症を起こし得るかどうかということや、塗抹所見なども踏まえて総合的に判断します。A13もご参照ください。なお、咽頭拭い液の培養検査結果は急性咽頭炎患者で溶血性連鎖球菌が検出された場合を除いて、抗菌薬選択の参考にはほとんどなりません(MRSAの保菌確認や咽頭炎における淋菌、Fusobacterium necrophorumなどの検出時は例外)。
Q15:抗菌薬使用サーベイランスを作る際に気を付けなければならないポイント、注意事項はどのようなものがございますでしょうか
A15:詳しくは成書をご参照いただければと思いますが、
サーベイランスを行う目的を明確にすること
それに基づいてサーベイランス対象、期間を決定すること
どのような指標を用いて評価するのか(Antimicrobial use density:AUD, days of therapy:DOTなど)
を実施前に検討しておく必要があります。AUDは1日の標準的な抗菌薬使用量や延べ入院患者日数で標準化した指標なので施設間の比較などには便利ですが、施設間で同一の抗菌薬の1日使用量の平均値が異なる場合にはその影響をうけます。また、同一施設においても、例えばカルバペネム使用患者が減少すると同時に、カルバペネムの投与法や投与量を適正化(1日投与量の増加)した場合にはDOTは減少したがAUDは増加あるいは不変ということはあり得ます。
Q16:実際に患者さんの体で感染が起きているのか、試験管の中で起きているのかを判別するには何と何を調べ、細菌検査室ではさらに何を調べたら良いのか教えていただけますでしょうか。
A16:実際に患者さんの体で感染症が起きているかどうかを判定するには、患者さん本人に対して病歴聴取、診察を行い、それを必要に応じて画像検査や細菌検査で詰めていくことで総合的に判断します。患者が感染症を起こしている部位や感染症の存在が疑われる部位(および血液培養)の培養検査結果は臨床的意義のある情報をもたらしますが、臨床状況と関連なく多くの培養検査を提出しても結果の意味づけは困難なことがしばしばあります。
Q17:理解が追い付きにくい領域のお話をしていただきありがとうございました。液体希釈法からS、I、Rへ読みかえる方法のイメージが掴めたこと、Lancet2000の報告が印象的でした。
ESBLによる急性腎盂腎炎について教えてください。
1. 小児の発熱で尿中にグラム陰性桿菌を認め、急性腎盂腎炎の診断でcefotiumを開始することは度々あります。そのなかで時々、解熱した後に感受性結果が届き、見るとcefotiumを含むβラクタム系抗菌薬の感受性がRで、カルバペネム、ST合剤、時にcefmetazoleやflomoxefに感受性のある大腸菌が同定されることがあります。なぜ臨床的にセファロスポリンが効いてしまうのか不思議に思うのですが、再発もなく治療できてしまいます。
これは尿路の感染症だから抗菌薬が濃縮されて効きやすくなるためにおきる現象なのでしょうか?そして、そもそも感受性結果だけを見てこのような細菌を本当にESBLと言ってよいのでしょうか?
2. 最近は抗菌薬投与をほとんど受けたことのないような新生児の尿からもESBLが同定されることがあります。耐性因子の獲得はそんなにも速やかに進むものなのでしょうか?それとも日常の中で他の人間から接触によって移されたと考えるべきでしょうか?
A17:
(1つ目の質問につきまして)ご指摘のように、尿路感染症で(特に菌血症を伴っていない場合には)起因菌がセフォチアムに耐性の細菌であったとしても、尿中での抗菌薬の濃縮の結果として臨床的には効果を示すことはあり得ます。また、一般論としては実は検出された耐性菌が起因菌ではなかった(他の感染症フォーカスあるいは他の起因微生物)可能性もあります。ESBL産生菌か否かは純粋に酵素学的な話なので、(セミナー内で紹介したCLSIのガイドラインなどに沿った)標準化された方法で確認されればそれはESBL産生菌と扱うべきであり、実際の臨床効果をみて判定するものではありません。
(2つ目の質問につきまして)産道などを介した母子感染を含めた家族内での伝播の可能性が理論的にはあり得ますし、それを示唆する報告も散見されます(Birgy A, et al. Characterization of extended-spectrum-β-lactamase-producing Escherichia coli strains involved in maternal-fetal colonization: prevalence of E. coli ST131. J Clin Microbiol 2013; 51: 1727)。